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2020-05

会津の桜 その5~鶴ヶ城の夜桜~ - 2013.04.08 Mon

本日、ついに三春の滝桜が開花宣言しましたね。
昭和58年以降、2番目の早さだとか。
今年はあんなに雪の多い、気温も寒い冬だったのですが、3月の暖かさが異常でしたもんね。
会津でも予想以上に早い開花となりそうです。

今日の写真は、いよいよ12日から夜間ライトアップの始まる鶴ヶ城の夜桜です。
撮影日は2011年4月29日ですが、今年は10日以上早くなるのではないでしょうか。

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今年のライトアップは4月12日から5月6日までの日没~21:30(桜が散った後は20:30まで)。
詳しくは→こちらをクリック

「八重の桜」若松観光も兼ねて、ぜひ会津へおいでください。

会津の桜 その4~会津五桜~ - 2013.04.05 Fri

シリーズ4回目、これまではあまり知られてない桜を紹介してきましたが、今日は「王道」、会津五桜をご紹介します。
すなわち、石部桜、杉の糸桜、薄墨桜、虎の尾桜、大鹿桜の5つですが、これに峰張桜と太夫桜を加えて会津7桜ということもあるのだそうです。

石部桜
所在地:会津若松市一箕町八幡石部
(撮影日:2011年4月27日)
今年はじめに「八重の桜」オープニングの桜としてこのブログで紹介させていただきましたが、(こちらをクリック)そんなわけで今年はとても混雑しそうな若松の代表的な桜です。

品種はエドヒガン。樹齢600年以上。
他の4つの桜はみんな神社や寺の境内にあるのですが、この石部桜は滝沢本陣の近くの田んぼの真ん中にあるのでひときわ目を惹きます。
この場所にはもともとは芦名氏の重臣、石部治部大輔の屋敷があったらしく、その庭園の桜だったため「石部桜」と言うとのことです。
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杉の糸桜
所在地:福島県河沼郡会津坂下町大字船杉字北杉
(撮影日:2011年4月29日)
品種はエドヒガン。
会津坂下町の薬王寺の境内にあります。
新編会津風土記によれば、天正年間(1573~1590)に植えられた2株のうちの1株だそうで、現在は2代目、樹齢200年以上とか。
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薄墨桜
所在地:福島県大沼郡会津美里町宮林甲4377
(撮影日:2011年5月3日)
品種はサトザクラの一種。
会津地方の総本山ともいうべき伊佐須美神社の御神木で、咲き始めは薄墨を含んだ白色。その後次第に紅色を帯び、 終わりには中心部が濃い紅色となるそうです。
名前の由来は、この桜の美しさが朝廷に伝わり、詔書を賜った際、その書が水雲紙に記されていたからという説と、赤館の主の姫君が、館の桜を分けて献じたから、その薄墨姫の名をとった、との説などがあります。
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虎の尾桜
所在地:福島県大沼郡会津美里町大字雀林字三番山下3554
(撮影日:2011年5月6日)
品種はサトザクラの一種。
会津美里町の法用寺の観音堂の右手前にあります。
名前の由来は、その形が虎の横たわる姿に見えるからという説と、おしべの変化した旗弁が花の中央から出ているところからそう呼ばれるようになったという説があります。
時の藩主や姫君がよくここに観桜に訪れた、という記録も残っています。
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大鹿桜
所在地:福島県耶麻郡猪苗代町西峰
(撮影日:2011年5月15日)
品種はサトザクラ。
猪苗代の磐椅(いわはし)神社境内にあり、別名「翁桜」といいます。
社伝によると今より約一千年前、村上天皇の天暦年間、勅使を以って宮の曲緒をたずねられた時、宸翰及び御物と共に納められたもので、現在の桜はその子孫だそうです。
花の色が白色からしだいに変化し、城主保科正径が参拝の際、鹿の毛の色に見えたことから「大鹿桜」と呼ばれているそうです。
でも。。。私には大きく突き出した二本の木がまるで鹿の角のようにみえました(笑)。
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会津の桜シリーズ、まだまだ続きます~。

会津の桜 その3~化け桜、細越の種まき桜~ - 2013.04.04 Thu

シリーズ3回目、今日は西会津と柳津の桜です。


まずは私の中では横綱クラスの巨木、
「化け桜」
所在地:福島耶麻郡西会津町野沢字原町
(撮影日:2011年5月2日)

木の空洞に白狐が住んでいたという言い伝えからそう呼ばれていますが、ほとんどの本には「下條の普賢象桜」という名で紹介されてます。

しかし八重桜の仲間の「普賢象」とはあきらかに違うし、看板にも「エドヒガン」と書かれています。

だから私は伝説も含めて「化け桜」のほうがしっくりきますね。
それくらい不思議な空気をまとった桜です。

伝承では樹齢500年以上。近くを越後街道が通っていて、旅人の目印にもなっていたようです。

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この空洞に白狐が住んでいたといわれると思わず納得してしまうような、そんな雰囲気です。
桜の老木は幹がごつごつして、なんだか樹木というより、それ自体が違う「生物」のような気がしちゃいますね。

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私の好きな宮沢賢治の童話に「月夜のでんしんばしら」というのがあるのですが、その物語の中ででんしんばんしらが歩きだすシーンがあって、賢治がこの桜みたら絶対歩かせていただろうな~、なんて想像します(笑)。

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そして柳津町、小さな集落のお墓にある
「細越の種まき桜」
所在地:福島県河沼郡柳津町細八字細越
(撮影日:2011年5月2日)

樹齢400年以上のエドヒガン。

新編会津風土記(文化6年=1809年編集)に、天正年間(1573~1592)にここの領主だった猪俣氏の墓に植えられた古木、とあります。
たしかにこの桜の周りにはとても古く字をよむことすらできないお墓もあります。
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やはり幹はごつごつとしていて、主幹は朽ちてしまっていても生えてきてる若木がしっかり花を咲かせています。

桜編、まだまだ続きます~。

会津の桜 その2~会津若松市の桜~ - 2013.04.03 Wed

ではでは桜シリーズの続き、今回は会津若松市の桜です。
若松には代表的な鶴ヶ城の桜はじめすごくいっぱいあるのですが、今回は私の特に好きな桜にしぼって掲載します。

まずは
「建福寺のシダレザクラ」(撮影日:2011年4月27日)
所在地:会津若松市建福寺前7-3
樹齢約150年と他の古木と比べると若いですが、見事な枝ぶり。三春のシダレザクラ群の系統とのことです。
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桜も素晴らしいですが、この建福寺が実は知る人ぞ知る重要な寺でして。
建福寺は信州高遠に開創された寺ですが、保科正之公のいわゆる「お供寺」として、保科公とともに最上・会津と移ってきて、会津藩主・松平家の菩提所となりました。
戊辰戦争時、長岡城落城とともに会津に落ち延びた長岡藩主牧野忠訓が滞在していた寺でもあります。
そして、八十里越街道を越えて会津で息を引き取った「ラストサムライ」長岡藩総督河井継之助の遺骨が一旦埋葬された寺なのです。(そういえば八重の桜には私の好きな河井継之助は出ないんですかね~。ぜひ出して欲しいのですが(笑))

また、その建福寺の南東100mのところに、建福寺歴代住職の墓があって、ここにも大きなシダレザクラがあります。
(撮影日:2011年4月27日)
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寺の境内の桜よりも赤が濃い感じがしますね。





そして旧北会津村の小さな集落内の墓地にある「東麻生の種まき桜」
(撮影日:2011年5月1日)
所在地:会津若松市北会津町東麻生字姥小作
エドヒガンで、樹齢は不明ですが、太いし枝ぶりもよく、素晴らしい桜の古木です。
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若松市の南、芦ノ牧温泉の手前の集落にある「上小塩のいもあげ桜」
(撮影日:2011年5月2日)
所在地:会津若松市大戸町上小塩
上小塩の集落南のはずれに桜はあります。
開花を目安に種芋を室から掘りあげたといわれています。
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「石村の種まき桜」
(撮影日:2011年5月2日)
所在地:会津若松市大戸町石村
エドヒガン。江戸後期の「新編 会津風土記」にも古木として記されています。
上の「いもあげ桜」もそうですが、会津には「種まき桜」と称される桜が多いことからも、ここでは大昔から桜と人の関わりが深いことがわかりますよね。
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そして若松ラストは「峰張桜」
(撮影日:5月2日)
所在地:会津若松市蚕養町2-1
私が若松で一番好きな神社、蚕養国神社(こがいくにじんじゃ)の境内にある、樹齢700年以上のエドヒガン。
写真のように老齢でかなり厳しい状況になっていて、今子孫を残す活動を行ってるとのこと。
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大正9年(1920年)に当時の皇后陛下(のちの貞明皇太后)がこの神社を参拝されたおりにこの峰張桜の穂を持ち帰り、皇居に植えたという記録があります。
それから93年、もしかしたら今、皇居内ではその桜が巨木となり、花を咲かせてるかもしれませんね~。



桜シリーズはまだまだ続きます。

会津の桜 その1~会津美里町の桜~ - 2013.04.02 Tue

4月に入り、そこここで開花のニュースをやっていますが、今年は昨年より早いようですね。
会津ももうすぐです。

以前に予告?した桜シリーズ、なるべくあまり知られていない名木を中心に、ちょっと連載してみようと思います。大河ドラマ関連で若松に来てくださった方がこれを読んで郊外に足をのばしてくだされば幸いです。
(ちなみに以下に載せた美里町の桜はみんな2011年4月29日に撮影したものです。花期はその年によるので難しいですが、今年はこの時よりおそらく一週間くらいは早いんじゃないかな、って感じです。)

シリーズその1は会津美里町の桜。

米沢の千歳桜
所在地:福島県大沼郡会津美里町米沢池南
中田観音近く県道赤留塔寺線を西側に少し入ったところにあります。
品種はエドヒガン
旧新鶴村にある樹齢700年以上とも言われる古木です。
1272年、当時の地主が千歳という女性のみまかりたるを悲しみ、供養のため植えた、とあります。
なぜ会津五桜に入ってないのか不思議で、私の中では東の横綱が石部桜なら、西の横綱はこの千歳桜です。
ちなみに「米沢の」って入ってると会津でなく山形の桜と思われがちですが、このあたりの地名も「米沢」なのです。周辺には「供養壇」とか「経塚」とかって地名もあるので、やはり供養のための場所だったことがうかがえます。
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続いて
神代桜
所在地:福島県大沼郡会津美里町宮林
伊佐須美神社境内の外、あやめ苑の西側にあります。
樹齢300年のエドヒガン。
「神代」とかくと山梨県にある日本三大桜のひとつと間違われがちですか、あっちは「じんだいざくら」で、こちらは「かみよざくら」です。
伊佐須美神社といえば会津五桜のひとつ、境内にある薄墨桜が有名ですが、私は同じくらいこの神代桜も好きです。
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そして
「馬ノ墓の種まき桜」
所在地:福島県大沼郡会津美里町旭杉原村北
県道128号から少し入ったところにあるので、初めてだと目標物がないのでわかりづらいかもしれません。
ベニヒガン。樹齢300年以上といわれています。
これも五桜に選ばれてもいいような名木です。
「馬ノ墓」という名前に何か興味深いいわれがあるのではないかと思いましたが、どうやらこの木のある集落の名前のようです。
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「古御田神社の種まき桜」
所在地:福島県大沼郡会津美里町鹿島
エドヒガンで、今はフェンスに囲まれたグラウンドの真ん中にありますが、ここは文禄元年(1592年)にあの豊臣秀吉が会津に来たときに伊佐須美神社に寄進した御正作田の跡地。
神聖な水田として肥料を用いずにイネを育てたとか。
その田を守る神社に植えられた由緒ある桜なんですね。

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桜シリーズはまだまだ続きます~。

「悠久の稜線 飯豊連峰」写真展・講演会 - 2013.03.06 Wed

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「黄金」の会津 - 2012.11.05 Mon

紅葉は山の方は終わりつつあり、里の方へだいぶ降りてきています。
あと数週間すれば、また長い雪の季節。
しかしその前に私が密かに「黄金週間」と呼んでいる、大好きなイチョウの黄葉シーズンがきます。

会津にはイチョウの巨木が多く、それぞれ微妙に黄葉する時期がずれているので、結構長く楽しめたりします。

昨年私が訪ねた会津のイチョウの名木を13本ご紹介します。
今年は多少ずれるかもしれませんが(※今年の紅葉などの進み具合を見る限り、今年はイチョウが色づくのも昨年より相当遅れるかもしれません)、参考までに昨年の日付を写真と一緒に載せておきますので、よかったらそれを目安に、「黄金の会津」を堪能しに来てみませんか?


1.赤井のイチョウ(撮影日2011.11.8)
       所在地:福島県会津若松市湊町赤井字赤井
       推定樹齢600年以上。
       会津若松市指定天然記念物
       福島県緑の文化財第325号
弘和年間(1381~1384年)、黒川城(のちの鶴ヶ城)城主芦名直盛の弟、田中六郎左エ門という人がいたそうですが、この人素行が悪く、悪いことばかりしていたため、この地に閉居を命ぜられ、その後は田を耕しつつ暮らしたのだそうです。
この赤井の大イチョウはその田中六郎左エ門の家の庭木だったと伝えられています。
でも今は集落のはずれ、周囲に何もない耕地に一本だけ存在感たっぷりにたたずんでいます。
「孤高のたたずまい」は美瑛の丘の「ケンとメリーの木」以上に素晴らしく、いつまでもボーっと眺めていたい場所です。
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赤井のイチョウ1
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赤井のイチョウ2


2.如来堂のイチョウ(撮影日:2011.11.9)
       所在地:会津若松市神指町中四合(こうざしまちなかしごう)
会津若松市の西、田んぼの中にひっそりとたたずむ如来堂。
境内に一本のイチョウの木があります。
1868年8月21日、有名な母成峠の戦いで会津軍は西軍に敗れ、若松へ敗走。
近藤勇なき後、新撰組を率いていた土方歳三は、旧幕府艦隊の榎本武揚と合流する為に会津を去りました。
しかし。
新撰組三番隊組長で、沖田総司、永倉新八とともに新撰組最強の剣士と言われた斉藤一は、
「今、落城せんとするのを見て、志を捨て去る、誠義にあらず」
と、(この言葉、かっこよすぎますよね(笑))会津に残り、闘い続けました。
その斉藤一ら十数名が本陣にしていたのがこの如来堂なのですが、1868年9月4日西軍の急襲を受け壊滅した、という新選組殉難の地なのです。
現在は、イチョウの木の他は碑石とお堂が残るのみ。
まさに「つわものどもが夢のあと」をしみじみ感じられる場所です。
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如来堂のイチョウ1
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如来堂のイチョウ2


3.小谷のイチョウ(撮影日:2011.11.16)
       所在地:会津若松市大戸町小谷川端
       会津若松市自然景観指定緑地第12号
       福島県緑の文化財第331号
会津若松の南、小谷(おや)という集落内に、ずっしりと存在感たっぷりのイチョウがあります。
樹齢500年以上、樹下に伏見稲荷の小祠が祀られています。
実はこの樹は初瀬川さんという方の個人所有の樹だったりします。
初瀬川家は、かつて小谷村(現在の大戸町小谷)で村方役人の肝煎を勤めた家柄でした。今もこのイチョウのそばに大きな屋敷があり、私は二度ほど中に入れてもらったことがありますが、阿賀川に面している庭の一角に、樹齢200年以上の大きな枝垂桜があって、それはそれは見事です。(この枝垂桜については今後「会津の桜シリーズ」を書くことあればそのときご紹介したいと思います)
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小谷のイチョウ1
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小谷のイチョウ2



4.大正寺のイチョウ
(撮影日:2011.11.17)
      所在地:耶麻郡北塩原村北山字寺ノ前
      北塩原村指定天然記念物
      福島県緑の文化財第359号
喜多方から国道459号を北塩原に入ったすぐのところに、大正寺というお寺があります。
弘仁年間(810~823)、空海が北山漆薬師堂の守護として草創したとされ、その境内にはそのとき植えられたと伝わる大イチョウがあります。
その伝承どおりだと、樹齢1100年以上。長床のイチョウより古いことになります。
この大正寺と奥の院(北山漆薬師堂)には今でも会津の人々が信じる習わしがあります。
1604年、ときの会津藩主、蒲生秀行(蒲生氏郷の子)の長男亀千代丸 (後の蒲生忠郷) は生まれながら病弱でありました。北山漆薬師の霊験あらたかなことを耳にした蒲生秀行は、早速北山漆大正寺に亀千代丸と奥方 (徳川家康の三女、振姫) を向かわせました。
亀千代丸と振姫は七日間護摩をたき、ひたすら奥の院にお詣りし病気が治るように祈願しました。 
すると亀千代丸は元気になったそうです。 
このとき亀千代丸はちょうど二歳であったため、それ以来現在も会津の人々は子供が二歳になると北山漆薬師に詣で大石に我子の腹をあてて、無病息災を祈ります。
いわゆる「二つ児詣り」です。
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大正寺のイチョウ1
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大正寺のイチョウ2



5.志津のイチョウ
(撮影日:2011.11.7)
       所在地:耶麻郡猪苗代町三郷字志津南
       福島県緑の文化財第344号
このイチョウがある志津文殊堂は猪苗代三十三観音の番外「外3番」になってます。
会津には有名な会津三十三観音をはじめ、この猪苗代三十三観音や御蔵入三十三観音など様々な三十三観音がありますが、他の三十三観音には子安観音を本尊としているところはまったくないのに、猪苗代三十三観音の中にはこの文殊堂をはじめ番外のも入れるとなんと13ヶ所もあるのでした。
子安観音とは安産や幼児の成長を守護するという観世音菩薩ですが、同時に隠れキリシタンが礼拝した聖母像でもあります。
猪苗代は会津ではもっとも切支丹活動の活発な所だった言われており、それと関係があると考えるのが自然ですよね。
そう思いながらこのイチョウを眺めていると、また違った趣きがあります。

「賤の身も心にかけて一すじに 祈る誠は後の世のため」 
                                       外三番 志津文殊堂 御詠歌 
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志津のイチョウ1
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志津のイチョウ2



6.都沢のイチョウ
(撮影日:2011.11.7)
       所在地:耶麻郡猪苗代町関都字都沢
       猪苗代町指定天然記念物
       福島県緑の文化財第350号
志津のイチョウの南、同じ猪苗代町の二本松街道沿い都沢集落にこの大イチョウはあります。
猪苗代町は会津でも特にイチョウの木が多いような気がしますが、このイチョウはその中でも最大で、樹齢720年以上と言われています。(樹齢はイチョウのある地蔵堂の創建時にこのイチョウが植えられたと想定しての推定です。)
地蔵堂のご本尊は、等身大の木造六体地蔵尊(六道地蔵尊)。この六地蔵も志津のイチョウの子安観音と同様、切支丹地蔵だという方もいました。
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都沢のイチョウ1
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都沢のイチョウ2



7.百目貫のイチョウ
(撮影日:2011.11.7)
       所在地:耶麻郡猪苗代町磐里字百目貫
       猪苗代町指定天然記念物
       福島県緑の文化財第349号
磐梯山をのぞむJR猪苗代駅近くにある猪苗代三十三観音の第二十番札所、地蔵堂。
その境内にあるのが「百目貫(「どうめき」と読みます)のイチョウ」です。
故事によれば、かつてはこの現存の地蔵堂を含む東光寺という大きな寺院がここにあったそうで、このイチョウはその境内にあったことが記されています。
一説に、その昔摂津の国、河原田泉というところから東光寺の観音像を背負ってきた人が、道中使っていた杖を挿しておいたらそれが根付いてこのイチョウになった、とのことで、別名「逆さ公孫樹」とも呼ばれています。
その伝承に基づいてか、樹齢は1000年とのことですが、現実にはそこまでの巨木ではないように見えます。
でもこういう言い伝えはほんと興味深いですね。        
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百目貫のイチョウ



8.浄福寺のイチョウ
(撮影日:2011.11.4)
       所在地:河沼郡会津坂下町開津字浄福
       福島県緑の文化財第374号
会津坂下町にある浄福寺は、阿弥陀仏を本尊としていて、明応3年(1494年)専蓮社良有上人により開山されたと伝えらる古刹とのことですが、現在は公民館と消防屯所の間に立っていて、なんとなく集会所のような雰囲気。
イチョウの由来は定かではありませんが、このへんは盆地で見通しがよく、結構遠くからでも目立つ巨木です。
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浄福寺のイチョウ



9.慈眼寺のイチョウ
(撮影日:2011.11.8)
       所在地:耶麻郡西会津町群岡字北岐甲
西会津町、下野尻の慈眼寺という寺の境内に、大きなイチョウがあります。
「慈眼寺」というと、私はついつい新潟・小千谷にある戊辰戦争時の、長岡藩家老河合継之助と西軍土佐藩士岩村精一郎の有名な「小千谷談判」が行われた寺を思い浮かべてしまうのですが(苦笑)、どうも小千谷とは関係ないようで、慶安年間(1648~1651)、鉄額が若松の成願寺の末寺として中興し、後に、京都の妙心寺の末寺となって現在に至ってるようです。
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慈眼寺のイチョウ



10.法用寺のイチョウ
(撮影日:2011.11.10)
       所在地:大沼郡会津美里町大字雀林字三番山下
       福島県緑の文化財第389号
会津美里町(旧会津高田町)にある法用寺は、会津の寺の中でも私が一番好きな寺のひとつです。
会津三十三観音第29番札所。
養老4年(702年)徳道上人が建てたと伝えられていて、会津では立木観音のある恵隆寺(養老3年創建)に次いで二番目に古いお寺です。
ここは重要文化財の宝庫で、観音堂の堂内には記年銘が明らかな会津最古の厨子、そして平安時代中期のものとされる金剛力士立像が安置されていて(両方とも国指定重要文化財)、境内には県指定重文の美しい三重塔、そしてこれもいつか「会津の桜シリーズ」を書く際にご紹介したい、会津五桜のひとつ、虎ノ尾桜(県指定天然記念物)があります。
イチョウは推定樹齢300年、虎ノ尾桜と対になったように立っています。

 「巡り来て 西を遥かに眺むれば 雨露繁き 古方の沼」
                                       第29番 法用寺 御詠歌
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法用寺のイチョウ1
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法用寺のイチョウ2



11.藤巻神社の乳イチョウ
(撮影日:2011.11.16)
       所在地:大沼郡会津美里町氷玉字古屋敷
       会津美里町指定天然記念物
       福島県緑の文化財第391号        
下野街道沿い、会津若松の南、福永集落にある藤巻神社の境内に大きな「乳イチョウ」があります。
万治元年(1658年)に、農民である山口勝右ェ門が寄付を募り、神社を建てたと伝えられていて、このイチョウは樹齢から考えるとそのころに植えられたものと考えられます。
「乳イチョウ」の名が示すとおり、樹幹から乳房状の乳枝が垂れ下がり、(イチョウの巨樹には多くみられる現象です)これを削り取って煎用すれば乳の出がよくなるという伝説があります。
(専門学的にいうと、ここでいう「乳」=鍾乳石状の下垂物は、潜状性の不定芽、または短枝を中心として貯蔵栄養分の蓄積によって形成されます)
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藤巻神社の乳イチョウ



12.金川戸隠神社のイチョウ
(撮影日:2011.11.16)
       所在地:喜多方市塩川町金橋字金川
       旧塩川町指定天然記念物
       福島県緑の文化財第361号
旧塩川町(現喜多方市)金川に戸隠神社はあります。「戸隠神社」なので、日本神話で天照大神が隠れた岩戸を手で開けたとされる怪力の「手力雄命(たぢからおのみこと)」が祭られています。
ちょっと不思議なのは、この大イチョウは社殿のギリギリ横に生えており(ほぼくっついた状態)、境内入口から見ると、まるで屋根を覆い隠して守ってるような雰囲気があります。
樹齢600年以上、地上に露出した根が縦横に這っており、長い年月生き抜いてきたオーラを放っていますね。
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金川戸隠神社のイチョウ



13.新宮熊野神社のイチョウ
(撮影日:2011.11.16)
       所在地:喜多方市慶徳町新宮熊野
       喜多方市天然記念物
       福島県緑の文化財第7号
国指定重要文化財の長床(ながとこ)のある新宮熊野神社は、社伝によれば源頼義、義家親子が「前九年の役」天喜3年(1055)陸奥征討に赴いたとき、武運を祈って紀州熊野から熊野堂村(現在の河沼郡河東町)に勧請鎮座したのが始まりで、後に「後三年の役」で再びこの地を訪れた義家が、新宮の地に移すよう命じ、寛治3年(1089)完成といわれています。
御神木の大イチョウはその頃植えられたものと考えられ、そうだとすると樹齢920年以上ということになります。
落雷で主幹がやられるまでは、会津若松からもこの木が見えたとか。
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拝殿の反対側から、柱を額縁に見立て、こんな感じで御神木を眺めるのが私は好きです。

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毎年、黄葉の時期はライトアップの演出があります。
今年は11月15日(木)~11月20日(火)。
時間は17:30~19:30の2時間です。
詳しくは→こちらをクリック
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実は私が知っている会津のイチョウの巨木は30以上あるのですが、今回は厳選して13本紹介しました。
イチョウはよく大火事になって建物が焼け落ちても生き残るくらい生命力が強く、昨年の震災以来、へこみそうになりがちなとき、私はとくに「かくありたい」と思いながら巡り続けてます。

そして会津には巨木とともに由緒ある寺院や神社が多くあります。
先人たちの信仰の篤さと文化を育む豊かな心。
いつまでも後世に語り継いでいけるよう、原発ごときに絶対に屈したくないと私は強く思います。

紅葉の大滝の回の記事の反響が思いのほか大きくて、多くの方が訪れてくださったとのこと、ほんとうにありがたく思います。
今回のブログを読んで一人でも多くの方が「黄金の会津」を味わいに来てくださることを祈りつつ。。。


「銀杏の葉」

これは はるばると東洋から
わたしの庭に移された木の葉です
この葉には 賢者の心をよろこばせる
ふかい意味がふくまれています

これは もともと一枚の葉が
裂かれて二枚になったのでしょうか
それとも 二枚の葉が相手を見つけて
一枚になったのでしょうか

こうした問いに答えられる
ほんとうの意味がどうやらわかってきました
わたしの歌を読んであなたはお気づきになりませんか
わたしも一枚でありながら あなたとむすばれた二枚の葉であることが

                      ヨハン ウォルフガング フォン ゲーテ


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第6回 全会津民話祭り - 2012.09.07 Fri

11月のそばぶち体験イベントの際に民話の語り部をお願いしている「山都民話の会」の方々から、来週土曜15日に会津若松で行われる上記イベントの招待状をいただきました。
稲刈りイベントの前日ですが、せっかくですから山都の方々の語りだけでなく、10時から15時まで全て鑑賞してこようと思います。

キャッチコピーの「語りから学ぶ 会津の心!」。いいですね~。
今、私は貴重な古書「会津・山都の民話」を入手し読んでいるのですが、民話の中には自然に対する畏怖の心、戒め、善行の勧めなど、いろんな教訓が含まれているので非常に興味深いです。
それ自体が農村文化・思想を学ぶ良質なテキストのような気がしてます。

15日はどっぷり1日民話の世界に浸かってきます。

ご興味ある方、よかったらいかがですか?

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