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2013-06

第1回全国城サミットふくしま大会 - 2013.06.28 Fri

6月27~29日の3日間、全国の城・城下町のネットワーク化、城を中心とした魅力あふれる街づくりの新たなビジョン共有と互いの切磋琢磨を目的に第1回全国城サミットふくしま大会が会津若松で行われています。

その初日の記念セレモニー&記念対談&基調講演&パネルディスカッションに行ってきました。
(決して唐橋ユミさんが目当てでなく(苦笑)、パネルディスカッションに先日の斉藤一イベントの講師をやっていただいた石田先生がお出になるから行ったのです~。)

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まずは実行委員長の室井照平会津若松市長、来賓の菅家一郎衆議院議員からご挨拶が。

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続いて自他ともに城マニアと認める著名人、プロレスラー藤波辰爾さん、写真家桐島ローランドさん、歴史コメンテーター金谷俊一郎さんのお三方の対談。

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司会は喜多方の誇る人気美人アナウンサー、唐橋ユミさん。

いや~、対談を聞いていると、みなさん、ほんとに城が好きなんだな~と、ひしひし伝わってきて、同じく城ファンの一人として共感できてうれしくなりました(笑)。

最後にそれぞれの城ベスト3の発表。
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金谷さんは「犬山城、二条城、忍城」とのこと。なるほど犬山城は私も大好きです。忍城は昨年の「のぼうの城」で一躍有名になりましたね。二条城は「城」という名がついているもののカテゴリーが違うような(笑)。

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桐島さんは「高知城、彦根城、犬山城」。すべて現存天守十二城の中から選ばれていました。それ以上にプライベートでゆかりのあることが大きいようでした。

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藤波さんは「彦根城、熊本城、鶴ヶ城」。私もこれに近いです(笑)。
しかし、私が中学、高校の頃、プロレスにはまっていた30年近く前、長州力と並んでヒーローだった人が、いまだ現役っていうのはすごいですね(笑)。

ちなみに私は。。。。
鶴ヶ城は別格なのでおいといて。
1.姫路城
2.彦根城
3.熊本城
ですね~。
そのあとに松江城、高知城、松山城と続きます。
まだ行ったことなくてすぐにでも行きたいのは竹田城と備中松山城。


記念対談のあとは
県立博物館初代学芸課長の鈴木啓さんによる基調講演「山城・平城と石垣」。
続いて県内城のある各市町村の文化財担当者によるパネルディスカッション。

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石田先生は北塩原の柏木城址の石積みについてご説明くださいました。

パネルディスカッション全体については、やはり震災復興という観点からか、震災時の被害状況や現在の復旧状況を各担当者が説明することに終始し、それはそれで興味深かったんですが、なんかディスカッションというより担当者報告会のようで、一般の城ファンが期待するような内容ではなかったような気がします。
前半の記念対談が一般向けで、後半のパネルディスカッションは城を持つ自治体間のネットワークづくりがメインの、自治体のためのものって位置づけだったんでしょうか。


城サミット二日目の今日は、4つの分科会に分かれて県内のお城などを巡るツアーをやっているようです。

そして最終日の明日は大会フィナーレとして、鶴ヶ城本丸で
・会津藩稲富流砲術の演武
・なぎなた演武
・会津白虎隊演舞
・二本松少年隊の演舞
・いわきじゃんがら念仏踊り
・相馬外天会關流炮術演武
が行われるということで、鑑賞しに「登城」したいと思ってます。

日本の田舎は宝の山プロジェクトinきたかた - 2013.06.28 Fri

一昨日、おとなりの喜多方市高郷町で行われた「日本の田舎は宝の山プロジェクトinきたかた」の第1回セミナーに行ってきました。

講師は、昨年秋の喜多方市環境講演会「農山村の環境まちづくり」の時にこのブログでも書いたことがあります
曽根原久司氏。

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NPO法人えがおつなげて代表理事。
こういう本をお書きになっていて、「村・人・時代づくり」をコンセプトに、農業を中心とした都市農村交流事業を展開されています。

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内閣府地域活性化伝道師という地域再生のカリスマである曽根原先生から、今回の第1回は農村資源の見分け方などを中心に、ビジネスモデルの構築に向けての第一歩を学びました。

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セミナーのあとは懇親会。
これはNPOえがおつなげてと三菱地所の「空と土プロジェクト」の一環、「酒米づくりツアー」でつくられた純米酒「丸の内」。
今年は4800本つくったそうですが、ほんの1か月ほどで完売しちゃうほど人気だそうで、まさに「幻の酒」ですね~。
その「幻の酒」を先生が持ってきてくださったのですが、あいにく今回は突然のお誘いだったんで私は車で帰らなくてはならず、舌の上をころがす程度の「試飲」で終わってしまいました。。。
しかし、香り高く芳醇で、まさに私の好みの日本酒でした。
次回以降しっかり味わえる機会がまたあるといいのですが(笑)。

このセミナーは来年2月まで全6回シリーズで行われ、農山村活性化のため、農村起業家育成、ビジネスモデルの構築に向けての曽根原先生から貴重なお話を伺えそうで、山都G.T.の活動にも通じるヒントが必ずやあると思うので今後の展開を楽しみにしています。


「八重の桜」のちょっと違った楽しみ方 - 2013.06.26 Wed

23日に終了した斉藤一イベントがらみで、大河ドラマ「八重の桜」について結構書かせてもらってます。

特に少し詳しい方々からよく史実に忠実でない、ありえない場面が多いとのご意見もうかがいますが、私自身はドラマはドラマとしてもう200%楽しんで、これまた200%毎週泣かせていただいてます(笑)。

白が黒になってしまうような真逆の史実改変さえなければ、多少のドラマティックな演出はアリではないかと。

熱演されている俳優さんたちも、自分のイメージと違っても逆に新鮮で楽しんでます。特に西郷さんをはじめ薩長の方々が意表をついていて面白いですね。

あと、もうひとつ。
これはいつの大河ドラマでも言えることですが、1年通して一人の俳優が演じるとき(幼少時代は別として)、特に若い時や老年になったときのギャップありますよね。それを逆に「あーこのときは実際は〇歳なんだよな」とか思い浮かべながら楽しんじゃったりします(趣味悪いですかね?(苦笑))。

「八重の桜」に関していえば特に第1話がそういう意味ですごかったですね(笑)。
たとえば
容保公が会津松平家の養子となって会津に入ったとき。→綾野剛、実際は12歳です。
そのお供についていた西郷頼母→西田敏行さん、実際はなんと19歳(笑)。

逆もあって、
吉田松陰は著名な先生だからか年配のイメージがあり、処刑のときの小栗旬は若すぎてイメージ違うとの声が多かったですが、実際は斬首のときに29歳。つまり小栗旬でもなんら違和感ないはずなんですよね。

そんなわけで、参考までに次週放送、運命の「1868年8月23日」の時点の登場人物の年齢を。

川崎八重  22歳
川崎尚之助 32歳
松平容保  32歳
西郷頼母  38歳
萱野権兵衛 40歳
山本覚馬  40歳  実は西島・覚馬は西田・西郷よりも2歳も年上なのです(笑)。
山本権八  59歳
梶原平馬  26歳
佐川官兵衛 36歳
山川大蔵  23歳
飯沼貞吉  14歳
山川健次郎 14歳
中野竹子  21歳
西郷千恵  34歳
斎藤一   24歳

西郷隆盛  40歳
板垣退助  31歳
大山巌   25歳
中村半次郎 29歳
です(プラスマイナス1歳くらい誤差あるかもしれません)。

年齢と言えば。。。。綾瀬はるかファンの私としては、86歳まで生きた八重刀自の晩年の綾瀬さんはできれば見たくないなあ、と(苦笑)。
70歳くらいから先は今ナレーションをやっている草笛光子さんに代わってくれないかな、なんて少し思います(笑)。

新選組斉藤一の足跡を辿るin喜多方 無事終了しました! - 2013.06.25 Tue

「八重の桜」、もうほんと涙とまらないですね。。。(苦笑)
いよいよ来週は、会津の人たちにとって最も長い日「1868年8月23日」。
覚悟をして見ないとですね。。。

来週の大河を見る前におさらい編は。。。→こちらをクリック

そして。
「今、落城せんとするのを見て、志を捨て去る、誠義にあらず」
斎藤一。

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先週会津も梅雨入りし、天気が少し心配だったのですが、快晴の中、「新選組斉藤一の足跡を辿るin喜多方」が開催され、遠くはなんと福岡県から!新選組や幕末史大好きな方々にご参加いただきました。

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まずは新選組が戦った一番西の地、「陣ヶ峯峠」へ。
斉藤一率いる新選組はじめ、町野主水率いる朱雀四番士中隊、大鳥圭介率いる伝習隊、さらに増援として長岡藩兵が迫りくる西軍(芸州、松代、新発田、長州)と激しい戦いを行いました。

新選組は1868年9月1日に塩川を出発、山都町木曾を経て、9月2日には陣ヶ峯峠で戦っています。

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今回、案内人講師をお願いしたのは、石田明夫先生。
大河ドラマ「天地人」の福島県部分の時代考証や原作に関わったり、昨年の福島民友紙上で一年間「新島八重の生涯」を執筆されたり、TV、出版社から協力依頼があり、会津の歴史等多数執筆、活躍されている方です。

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写真だとちょっとわかりづらいですが、こういった所々たいらになっている場所は当時砲台が設置された場所とのこと。このあたりで斉藤一が命をかけて戦っていたわけですね。

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写真左のくぼんだラインが、かつての越後裏街道。
西軍がここを通るのが見える場所に陣を張っていた形ですね。

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そしてこうやって狙い撃ちしたわけです。

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続いて喜多方市高郷町の大谷古墳公園へ。

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数ある墓の中に、陣ヶ峯峠で戦死した長岡藩士4人の墓があります。一同合掌。

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そして、これも激戦の場となった山都町舘原(たてのはら)へ。
まずは新編会津風土記にも記載のある古刹久昌寺。

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久昌寺には福島県指定文化財の十一面観世音菩薩があります。普段は非公開なのですが、特別に見せていただきました。(撮影は禁止なのでパンフの写真を)
弘安2年(1362)道円の作と伝わっています。

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その久昌寺のすぐそばの「舘原代官所跡」。ほとんど何も残っていなく、この石橋が唯一といってよい遺構。しかしよく残っています。石橋は四方にあって代官所はお堀で囲まれていたようです。
ここが戊辰の役当時、新選組らの宿営地になったとか。

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代官所跡のすぐお隣に住んでいらっしゃる方のお家に、戊辰戦争時の大砲の砲弾が残っているということで、お邪魔して見せていただきました。

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これがまさに戊辰戦争時の主力野戦砲「四斤山砲(よんきんさんぽう)」の砲弾。
「四斤」とは、砲弾重量が4㎏であることを意味します。
阿賀川の対岸、川井からの西軍の砲撃で舘原の大半は焼き払われてしまったのでした(9月4日)。

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真ん中の木の棒が発火材となるとのことで、破裂まで3分くらいかかるのだそうです。

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今回唯一の小学生の参加者、信じられないかもしれないけど本名「斉藤一(いち)」クン。まさにこのイベントにぴったりのマスコットボーイですね(笑)。
彼にはちょっとこの日のお話は難しかったかもしれませんが、この砲弾の重さとか、この日体験したことが大きくなっても頭のどこかに残っていてくれるとうれしいですね~。

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そして舘原から退いた会津軍が向かった山都町木曾へ移動。この木曾の宗像神社に斉藤一らは陣を敷いて戦ったとのことです。

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昼食は山都の「いいでとそばの里センター」内のそば伝承館(こちらをクリック)で。

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伝承館のご厚意で平常時にはないスペシャルメニューをご用意いただきました。
参加者のみなさん山都のそばを堪能されたようです。

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いつもアピールさせていただいてますが(笑)、玄そばの中心部分の70%しか使わない、そしてつなぎを使わないいわゆる「十割そば」、もちろん挽きたて・打ちたて・茹でたての山都のそばはほんとに絶品です。

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そして新選組が昼食をとった記録があるという慶徳地区を通り、喜多方市街中心部の小田付へ。
新選組が滞在した小田付代官所跡。旧幕臣大鳥圭介も合流しました。

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小田付代官所跡近くの瓜生岩子刀自の家があった近くの公園へ。
おそらく今の大河ドラマ「八重の桜」新島八重より、会津若松では中野竹子、そして喜多方ではこの瓜生岩子の方が有名というか人気があります。

瓜生岩子刀自については→こちらをクリック

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少し時間に余裕があったので、当初予定には入れていなかった満福寺の日向内記のお墓と長福寺の佐川官兵衛のお墓も訪れることにしました。
 
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満福寺 日向家の墓。

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長福寺 佐川官兵衛夫妻の墓。
日向内記と佐川官兵衛の墓については先日書いた記事をご参照ください。→(こちらをクリック

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最後に小荒井へ。
安勝寺。
この境内は戊辰戦争時、野戦病院となったそうです。

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ここ安勝寺にも長岡藩士の墓があります。

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境内の奥のこのお墓。
「添川廉斉」という方のお墓です。
この方、「八重の桜」には登場しないと思いますが(今まさに大河でやっている会津戦争の10年前にはすでに死去しています)、実はあまり知られていないけどとても重要なお方だったりします。

そのうちまたあらためてじっくり書きたいと思いますが、添川先生はここ小荒井村(現喜多方市寺町)生まれで、小さいころから学問、読書好きで、親は家業を継がせることを断念、武家屋敷奉公に出しちゃったそうです。

その後も学問に勤しみ、時の安中藩主に見いだされ、儒学者として雇われます。
安中藩といえば。。。。もうすぐ大河登場の新島襄。
添川先生の安中藩での学問所の生徒に若き新島襄がいたのでした。

添川先生はのちの新島襄の生き方に多大な影響を与えたとのことで、もしかしたらこの喜多方で生まれた偉人がいなかったら新島襄がアメリカに渡ることも、帰国してキリスト教を広めることも、同志社をつくることも無かったかもしれませんね~(笑)。

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北宮諏方神社のすぐとなりにひっそりと愛宕神社があるのですが、↓

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その愛宕神社の境内に添川廉斎先生の顕彰碑があります。
ここで今回のイベントは終了となりました。

石田先生曰く、今回のような喜多方での会津戦争の史跡を巡るイベントは過去に例がないとのこと(会津若松ではいっぱいありますが)。

遠くは関東、そして九州から参加してくださった方々、そして移動中も様々な解説をずっと途切れることなくしてくださった石田先生に本当に感謝したいと思います。

企画者の私自身とても意義深い1日となりました。
今後も隠れた歴史・文化・自然などを掘り下げる新しい企画にチャレンジしていきたいと思います。

今後とも山都地区G.T.推進協議会をよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。

サザエさんの新オープニング - 2013.06.20 Thu

4月からサザエさんのオープニング「福島編」が放送されていまして、花見山(福島市)や鶴ケ城(会津若松市)、アクアマリンふくしま(いわき市)などが登場していますが、
なんと!

7月7日の放送分から3か月間、喜多方市慶徳の長床や、山都の一ノ戸橋梁などが新たにお目見えするそうです。

よかったらご覧になってください。

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新宮熊野神社・長床

「SL」と「一の戸橋梁」
一の戸橋梁

斉藤一の足跡 - 2013.06.20 Thu

いよいよ23日です。
「新選組斉藤一の足跡を辿るin喜多方」。→ こちらをクリック

石田先生のお話はほんと面白く、マニアでなくとも引き込まれることうけあいです(笑)。

当日のみどころの一部をちょっとだけ~。

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写真だとわかりずらいですが、激戦となった陣ヶ峯峠には塹壕跡がしっかり残っています。

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このどこかで斉藤一が。。。

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この石でできた橋のようなものは果たして・・・???

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乞うご期待です!

市道川入・飯豊山線 川入地内 通行止めのお知らせ - 2013.06.20 Thu

今年も舗装工事のため、川入~御沢キャンプ場の区間で通行止めの時間帯があります。

利用者の方々には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
詳しくは下記をご参照ください。
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交通規制カレンダー入りPDFは→こちらをクリック

「別選組」佐川官兵衛と「白虎隊」日向内記の墓 - 2013.06.19 Wed

いよいよ「新選組斉藤一の足跡を辿るin喜多方」が今週末に迫ってきました。
「八重の桜」も悲劇の会津戦争、佳境に突入。

というわけで、今日は喜多方にある二人の会津藩士の墓をご紹介します。


まずは「八重の桜」では中村獅童扮する佐川官兵衛。
私のイメージでは佐川本人はもうちょっと小さくてすばしっこい感じなんですが、でも獅童さんの「オニカン」もばっちりイイ感じですね!

ドラマではこれからどんどん出番が増えてくると思いますが、この佐川官兵衛という人、まさに「豪傑」という言葉がぴったりで、会津の人々には愛されています。

鳥羽伏見の戦いでは、刀折れ、銃弾で右目を負傷したにもかかわらず、平然と(笑みすらうかべながら?)指揮を執っていたことなどから薩長の兵士の間で「鬼官兵衛」と呼ばれ恐れられたとか。
(このエピソードはドラマではすっぽり割愛されていたので、ちょっと私は不満でした。(苦笑))

そんな武勇伝とは裏腹に、籠城戦のさなか、城外出撃作戦前夜に容保公から賜った酒に酔い潰れ、翌朝の作戦に遅参、そのせいで会津軍が大打撃を受けたという笑えない失態を演じたり、よくも悪くも人間臭い人だったようです。
(この話はきっとドラマでもばっちりやっちゃうんでしょうね(笑))

そんな佐川官兵衛のお墓は喜多方にあります。
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長福寺。
住所:喜多方市岩月町大都前田

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会津戦争後、佐川官兵衛の家族はこの寺に住んでいて妻・勝はここで亡くなっています。
官兵衛自身も斗南の後はここに閑居。
その後明治10年西南戦争に参加、熊本で壮絶な戦死を遂げますが、生前、妻の眠るこの喜多方で共に永眠したいと語っていたそうで(官兵衛は本籍地もここ喜多方市大都にしていたとのこと)、今は最愛の妻のお墓のとなりに眠っています。



そしてもうひとり、白虎隊士中二番隊の隊長だった「日向内記」の墓。
白虎隊士中二番隊、つまり来週放送されるであろう悲劇の隊の隊長だった人です。

一般には「食料調達を理由に、白虎隊士を置き去りに戦場を逃亡した」と言われちゃっている人ですが(実際いままでの白虎隊関連のドラマではみんなそういう描き方でした)、隊長にも選ばれ、何より「会津の」武士である人がそんな卑怯なことするわけないんじゃないかと私は疑問に思っていました。
実際、日向内記はその後すぐに再編成された白虎士中合同隊の隊長に任命されて籠城戦を戦っているという事実もありますし。。。。
斗南から戻った後はここ喜多方で会津藩再興のため秘密裡に尽力した、という話も聞きました。

そんな私の疑問にかなり明確に答えてくれた本があります。
冨田国衛著 「戸ノ口原の戦い」  詳しくは→こちらをクリック
これを読んで、私はますます日向内記という人に興味を持ちました。

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その日向内記のお墓があるのは、
満福寺。  
住所:福島県喜多方市馬場2459

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そんないろいろなことを言われている日向内記さんを少しでも感じたくて、お墓詣りに行こうと。

しかし、住職はあいにく不在、表示板があるわけでもなく、墓地は広大、古くて字が読めないような墓石がゴロゴロ、草に埋もれてる墓もたくさんあり。。。。
日向家の墓を見つけるのは至難の業でした(苦笑)。

それが逆に私の「会津魂」に火をつけました。
日向さんの墓前に立つ資格を得るために課せられた関門なんだな、と(笑)。

うろうろ探すこと30分(はたからみたら不審者に見えたかも(苦笑))。

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みつけました!

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日向内記は何の申し開きもすることなく逝ったとか。
孝明天皇とのこと何も語らずに「逆賊」の汚名をかぶって逝った容保公と同様ですね。

あの白虎隊の生き残り、酒井峰治の手記「戊辰戦争実歴談」がみつかったのは、なんと平成に入ってから。
今後も何か新しい事実を記したものが出てくる可能性はきっとあると思います。
そして日向内記の汚名が晴れるときもきっと。。。

そんなことを思いながら墓前で手をあわせました。

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稲作体験その3 草取り&アスパラ収穫体験 無事終了しました! - 2013.06.18 Tue

6月16日に稲作体験シリーズイベントの第3回を行いました。
今回は田んぼの草取りです。

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この日の草取り体験のために生やしたかのような激しい雑草の量(苦笑)。
取りがいがありました(笑)。

今回は、ただの草取りだと面白くないので、「草取りダービー」と称し、総重量を競うことにしました。

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それぞれが自分のゴミ袋を持って、いざ「草取りダービー」開始です。

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これが「クログワイ」。

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球根があるので、根こそぎ除去します。

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このとんがった縦長ハートのような葉っぱは「オモダカ」。

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こちらは「ヒエ」。イネよりでかく成長しちゃってます。

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みなさんすっかり熱中して、草取りにハマったのか、はたまた優勝賞品のコシヒカリ5㎏GET狙いに執念を燃やしたのか(笑)、とても頑張って草取りをしてくれました。

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そして、タイムアップ。
ダービー計測の前に、「コロバシ」による除草を体験。

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一本一本手で取るのよりははるかにはやいものの、これはこれで結構ハード。みなさん心地いい疲労感(!?)を味わっていました。

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そして。。。取った草の量を、いざ、実測!!

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果たして、ダービーの結果はいかに???

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みんなで50㎏以上の草を取り除けました。

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そして、お昼は参加者の熱烈なリクエストにより(笑)、山都の誇るおいしいラーメン屋、「ほがらか食堂」へ。
ほがらか食堂については→こちらをクリック

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「山都ブラック」とでも呼びたい、どの系統のラーメンにも与しない唯我独尊的地平を行くオリジナルな味(笑)。
未体験な方、ぜひお試しあれ。

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そして食後は山都駅でSL鑑賞。

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集会所へ戻り、表彰式。
栄えある第1回G.T.杯争奪草取りダービーの覇者は???

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9.5㎏もの草を取り除いた、当協議会イベントに毎回のように参加してくれている小学生、アツシ君でした!
優勝賞品は、山都のおいしいコシヒカリ白米5㎏です。

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惜しくも優勝を逃したみなさんにはもれなく山都コシヒカリ白米1㎏を。

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その後、堰沢のアスパラ農家さんの畑へお邪魔し、アスパラ収穫体験を。

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もうシーズンの最終時期で、次のシーズンに向けて根に養分を蓄えるために立茎(りっけい)させつつあります。
その中から食べれるアスパラを探して収穫します。

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みなさん、お土産用のアスパラを収穫して、本イベントも無事終了しました。

稲作体験の次回は
第4回最終回 9月15、16日 稲刈り(機械・手刈り両方、15日夜に収穫を祝う会あり)
です。

参加特典:4回フル参加 新米10kg+アルファ(10kg)
     3回参加   新米10kg
     2回参加   新米5kg
     1回参加   新米2kg

最後の収穫体験だけ参加ももちろん大歓迎です。

よかったらご参加ください。

会津史学会 春の巡検に参加してきました - 2013.06.13 Thu

来月の第3回会津発見塾の講師予定の佐藤先生からのお誘いで、先生の所属する会津史学会の春の文化財巡り奥州合戦の地「阿津賀志山の防塁と佐藤氏縁の寺を訪ねる」に、会津発見塾の下見を兼ねて参加してきました。

高速に乗って、福島県中通りの一番北、宮城県境にある国見町へ。

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まずは防塁跡へ。
文治5年(1189年)、源頼朝率いる鎌倉軍は奥州藤原氏を攻めるため古代の奥州街道を北上、それを迎え撃つ藤原国衡率いる平泉軍が侵攻を阻止するためにここ国見町に長大な防塁を築きました。
その遺構が今も残っています。

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まずは石母田地区に残る防塁跡へ。
写真中央奥の阿津賀志山中腹から、南は阿武隈川まで、総延長3.2㎞もの長大な防塁です。

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実際はもっと深かったようですが、今でもしっかりみてとれる800年以上前の遺構がこんなにきれいにそれも長~く残ってるのは驚きでした。
平泉軍はこの長大な防塁をほんの数か月でつくってしまった、というのも二重の驚きです。

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文治5年(1189)8月、源頼朝が国見に着き、防塁をめぐる激しい戦いが始まりました。
この阿津賀志山防塁陥落後は、奥州藤原氏滅亡までこれに匹敵する戦いはなく、この国見での戦いが奥州合戦最大の「天下分け目」の戦いだったといえます。

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防塁の近くにある「義経の腰掛松」。
義経が平泉に行く途中、この松の木に腰掛けて休んだと伝わる赤松の名木です。
すでに何代か変わってるようで、過去の枯れた木は建屋の中に置かれていました。現在の木も樹勢の衰えが激しいようでちょっと心配です。

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旧奥州道中は線路や高速で寸断されていますが、険阻な山坂として知られている国見峠の長坂跡への道は往時の雰囲気が残ってました。

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ここは芭蕉も通っていて、「奥の細道」に記した「気力聊かとり直し、路縦横に踏んで伊達の大木戸をこす」と刻んだ文学碑がありました。

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その後、防塁の南のはじっこ側の下二重堀地区へ。ちょっと写真ではわかりづらいかもしれませんが、二重の防塁がきれいに残っていました。写真右奥が阿津賀志山です。あの山からここまでずっと防塁が続いていたんですね。

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断片的に確認されている防塁は、一番南の方では直線でつながらず、県道320号あたりでカーブしていることが予想され、その確認のため何箇所かで発掘調査中でした。
国見町の方の解説で見学させていただきました。

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奥に阿津賀志山。ここで写真右方向へ防塁がカーブしているんじゃないかと予測しての発掘です。
しかし、結果は。。。。

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なんと防塁ではなく、出てきたのは縄文時代の住居跡とのこと。

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素人の私にはどのあたりが「縄文時代住居跡」なのかさっぱりわかりませんでしたが(苦笑)、解説によると土の色が赤くなっている箇所が火をたいた跡だそうで、その辺からわかるそうです。

ただ、縄文時代の遺跡が残っているということは、同時に防塁の位置はここじゃないということの証明でもあるわけですね。

また、この巡検は6月6日に行ったのですが、その時は秘密だったのかその後みつかったのか、今日付(6/13)
の新聞に「防塁発見」の記事が出ていました。

福島民報の「阿津賀志山防塁に新たな堀跡 国見町教委発表」記事は→こちらをクリック

福島民友の「土塁つなぐルート確認 国見・阿津賀志山防塁を調査」記事は→こちらをクリック


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その後、観音寺へ。

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ここには、会津藩士の墓がありました。

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大竹喜三郎有雄氏。
会津藩校で神道学を教えていた師範で、戊辰の役後は仙台→函館へ移り再起を目指したけれど、望郷の念、そして会津の人々のその後を案じ、会津へ戻ることを決意。
しかしその途中、この国見のあたりで行き倒れ、この寺の和尚に助けられてそのままこの地で村塾を開いて神道学を説きながら天寿をまっとうしたとのことです。

私も線香をあげさせていただきました。

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国指定史跡、「石母田供養石塔」。

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1308年作と彫られている東北でも初期の板碑だそうで、梵字だけはみてとれましたが、実際はさらに漢字で功徳文が書かれているとか。
元の帰化僧・一山一寧が書いたもので、鎌倉時代における禅宗と密教の関係を知るうえで貴重なものとされているそうです。

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そして阿津賀志山の展望台へ。
ほとんど頂上付近まで車で行けて、少しだけ歩くと立派な展望台がありました。

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まさに「つわものどもが夢の跡」。
「国見」という地名の意味がわかる気がします。

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そして国見町をあとにし、飯坂にある医王寺へ。

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ここは前述の阿津賀志山合戦で戦死した佐藤基治、そしてその息子の有名な佐藤継信・忠信兄弟の菩提寺です。

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巨木マニアの私の目にすぐはいってきたのは、門右側のシラカシの巨木。
樹齢は約400年、本堂再建時に植えられた、とあります。
関東以南ではシラカシの巨木・老木は結構ありますが、寒い東北ではこれほどの大きなシラカシは珍しいですね。

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本堂内には佐藤一族の位牌殿が。

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右側には継信の奥方「若桜」の人形。

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一族の位牌を祀る内殿。

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左側には忠信の奥方「楓」の人形。

なぜ奥方たちが武将の恰好を?

ご存知の方も多いかと思いますが、兄継信は屋島の合戦で義経の盾となって戦死、弟忠信は追われる身となった義経を逃がすため身代わりとなって戦死。
わが子二人を失った母乙和御前の悲しみはとても大きなもので、継信忠信の奥方たちは兄弟の武将の装いをして姑を激励したそうです。

その姿を称えた人形が本堂にまつられているというわけです。

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本堂の奥は普段立ち入り禁止となっていますが、この日は特別に。
義経お手植えと伝わる「虎尾の松」。
残念ながら樹勢の衰え著しく、切り倒されてしまっていますが、相当な巨木ですね。

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これはその「虎尾の松」の枝だそうですが、枝で年輪が225年!

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まつぼっくりもデカいです。

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芭蕉も奥の細道の行脚で当寺を訪れていて、
「笈(おい)も太刀(たち)も  五月(さつき)にかざれ 紙幟(かみのぼり)」
と詠んでいます。

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杉の巨木の参道も含めた「医王寺の緑」は「ふくしま緑の百景」にも選ばれています。

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その杉の道を進んでいくと奥の院薬師堂。
「鯖野のお薬師さま」と呼ばれ親しまれているようです。

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薬師堂の奥にある「乙和の椿」。
この椿の古木は、前述の乙和御前の悲しみ、母情が乗り移ったのか、つぼみのままで咲かずに落ちてしまうそうです。

咲かで落つ 椿よ西の 空かなし      黙翁

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佐藤忠信・継信兄弟の墓。

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大きくえぐれているのは、「粉にして飲むと体が強くなる」という言い伝えにより、皆が削って薬として利用したからとか。
そういえば磐梯町の徳一の墓も同様ですね。

また、撮影禁止だったので写真はありませんが、医王寺には宝物殿があり、武蔵坊弁慶の「笈」(県重要文化財)とされるものや、伝継信所用とされる「鞍」(市重要文化財)、屋島の戦いで継信をつらぬいた矢じりなど、興味深い品々でいっぱいでした。

7月の会津発見塾では佐藤先生と相談して、この日のルートを少しアレンジして名水や羽州街道の宿場とかを入れたいですね、と話しました。

会津史学会の方々には大変お世話になりました。

今回私も史学会に入会し、末席に加えていただくことになりました。さらに深い会津史を勉強できること、とても楽しみです。

もうすぐ林道開通!プレゼントあり! - 2013.06.13 Thu

6月15日午後3時、いよいよ福島県喜多方市山都町~山形県飯豊町の林道開通です。

こちらから行く車、あちらから来る車、それぞれ先着50台に以下の記念バッジプレゼントです。
プレミアもんかな?(笑)



また、こっちとむこうの一番乗りの車にはそれぞれこれまた豪華プレゼントが用意されています!(そのモノは当日のお楽しみということで内緒ですが、山都ならではの〇〇〇ですよ~。)

山都側は他にも物販等をする予定ですが、トンネルの向こう、飯豊町さんのほうでも特別優待チケットの配布、山菜まつりの開催など、いろいろ予定されているようです。
詳しくは
飯豊町デスティネーションキャンペーン実行委員会 事務局 飯豊町商工観光課 0238-72-2111
までお問い合わせください。
(15~16日のイベント当日の問い合わせは 白川荘 0238-77-2124)

これを機に山都町と飯豊町、ひいては福島県と山形県の交流が活発になって、相乗効果で活性化していくといいですね~。

体験田んぼの様子 - 2013.06.12 Wed

5月30日の様子は↓
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6月4日は↓
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そして本日6月12日夕方の体験田んぼの様子は以下の3枚↓
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いや~毎日確認に行きたいくらい、日々成長してますね。

今度の日曜16日の稲作体験その3、草取りダービーでみんなでがっつり手入れして秋の実りをばっちりと、といきたいですね(笑)。

7/7 大滝トレッキング 夏!  参加者募集 - 2013.06.12 Wed

今年もやります!大滝トレッキング夏!

昨年の模様は→こちらをクリック

秋の紅葉もすばらしいですが、夏は雪渓の上を歩くことができて、緑と白のコントラストが楽しめます。
みなさんのご参加、お待ちしてます。

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チラシPDFは→こちらをクリック

戦の記憶を持つ柿の木~慶徳~ - 2013.06.11 Tue

23日の斉藤一イベントの際も立ち寄る予定の喜多方市慶徳地区に、ほとんど知られていない戊辰の役の爪痕を今に伝える場所があります。

慶徳は山都に続く越後裏街道の喜多方側の入り口にあたる場所で、当時旅籠もあって準宿駅のような所でした。

1868年9月、退却する会津軍と追撃する西軍が慶徳で遭遇戦となりました。

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この柿の木のある佐藤家に会津軍が逃げ込んだと思った西軍は家に火をかけたそうです。

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そのとき、この柿の木も幹半分類焼したとのことで、その爪痕が今もみてとれます。
(柿の木は枯死せず、今もけなげに生きてます!)

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幹の中心は焼け焦げていて、こんな状態でよく今も生きて。。。とちょっと感動。
ほんとついこの間焼けたような爪痕で、戊辰の役がそんな大昔ではなく、たかだか145年前の出来事なんだと思い知らされます。

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実はこの場所には興味深いエピソードが残っていて、それはこの家には当時、とても気の強い山本八重顔負けの老婆がいて、その老婆が火をかけた西軍の隊長にすごい剣幕で「なんてことすんだ!弁償しろ!」と迫ったそうです。

その迫力に西軍の隊長もタジタジで、「間違って家を焼いてしまってすまない。そのうちもっといい家を建ててやるから勘弁しろ」と言って立ち去ったとか。

もちろん、その後約束は守られませんでしたが、焼かれた家は1年年貢を免除、再建のための用材は無償払下げ、さらには見舞金まで支払われたそうです。

会津の女性強し!のエピソードのひとつですね~。

藤田五郎(斉藤一)の墓 - 2013.06.10 Mon

23日の斉藤一イベント、まだ地元新聞には募集記事が載っていないのですが、ツイッターやブログをご覧になった方から早くもお申し込みが。
関東や、なんと山都G.T.初! 九州は福岡県からの参加申し込みがあり、喜んでおります。
(遠来賞創設に向けて今考え中です(笑))

これから23日までは幕末関連の話題を中心に書いていきたいと思います。

まずは今回のイベントのメインターゲット、斉藤一。
ご存じの方も多いかと思いますが、あの剣客揃いの新選組の中でも沖田総司、永倉新八と並んで「最強」といわれた剣士です。

戦局が悪化の一途をたどる会津を離れ北へ向かおうとする土方や旧幕臣の面々に対し、「今、落城せんとするを見て志を捨て去る、誠義にあらず」と言って、最後まで会津に残り、命運をともにした斉藤一。

ほとんどが若くして討死している新選組隊士にあって、永倉とともに例外的に天寿をまっとうした斉藤さんのお墓は、ご本人の遺言により会津若松にあります。

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藤田五郎(斉藤一)の墓。  (雪に埋もれてる写真しか見当たらなかったのでスミマセン。私は冬にひっそりと訪れるのが好きなもので。。。)
墓は七日町通りの阿弥陀寺の境内にあります。
(阿弥陀寺 〒965-0044 福島県会津若松市七日町4-20)

斉藤一は、その危険な任務のせいか、いくつも名前を変えています。
いわゆる「斉藤一」は新選組全盛期の時の名で、スパイ潜入していた御陵衛士から新選組に戻ったときには「山口次郎」、会津戦争の最後のほうでは「一之瀬伝八」、斗南藩に移る時からは「藤田五郎」と名乗ってました。
そんなわけで墓には「藤田」姓が刻まれています。


因みに阿弥陀寺の境内には、斉藤一の墓の前に、重要な鶴ヶ城の遺構があります。
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「御三階」。
阿弥陀寺は戊辰戦争で堂宇が消失し、明治3年に鶴ヶ城の小天守にあたる「御三階」を移築し本堂としたため、今となっては鶴ヶ城の江戸時代から残っている貴重な遺構となってます。
もちろん中には入れませんが、この「御三階」は外から見ると3階、しかし内部は4階になっているそうで、鶴ヶ城内にあった時は重要案件を話し合う密談が行われた重要な場所でした。移築の際には本丸御殿の玄関唐破風も同時に移築され、現在のような形となったそうです。
この建物の中で密談が。。と想像するだけで楽しいですね(笑)。

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話を斉藤一に戻すと、私の聞いた興味深いエピソードをいくつか。

晩年、警察官になったのち、師範学校で剣術を教えることになった際、学生はだれも斉藤の竹刀に触れることさえできなかったとか。

子供たちにも剣術や武士の心を教えていて、「常在戦場」の考えから、常に物陰から不意打ちしたりして、子供たちに恐れられてたそうです(笑)。

子供たちには「玄関は頭から出るな、足から出ろ」と常々語っていたそうです。待ち伏せされていた場合、頭をやられたらそこで終わりだが、足だけならその後反撃して敵を倒せる、と(笑)。

そんな斉藤さん、東京での最期は正座したままの姿で大往生、と伝わっています。

では今日はこのへんで~。

「紙マルチ」を使った稲作法 - 2013.06.05 Wed

山都G.T.の会員のひとりである山都町河原田地区の斉藤さんは、「紙マルチ」というロールを使っての方法で稲作を営んでおられます。
斉藤さんのブログは→こちらをクリック

私は「紙マルチ」に昨年からずっと興味あったので、先週田んぼに案内していただきました。



専用の田植え機で稲作用の再生紙「紙マルチ」を水田に敷きながら田植えをすることによって、除草剤の散布や雑草除去の必要がなくなるという方法です。
「紙マルチ」について、詳しくは→こちらをクリック

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太陽の光を紙が遮断、また、雑草が芽を出したとしても紙を破って成長できないようになっています。
しかも紙マルチは45日ほどで微生物に分解されて、稲刈りのころにはすっかりなくなっているというスグレモノです。

実際は、コスト面、そして、きれいにシートを張るために田植え機の操作にテクニックがいること、初期の水管理が面倒(水たっぷりだと水中で紙が動いて苗を痛めてしまう。また水が少なすぎると逆に風でマルチが飛んでしまうなど)なことなど、問題も大きいようですが、薬を使わなくていいなど、魅力的な方法のひとつですね。

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斉藤さんの田んぼはこれからも様子をみさせてもらおうと思います。

そして・・・私たちの体験田んぼはその後・・・
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5月30日。

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5月30日。

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6月4日。

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6月4日。

田植え当日、水位が高すぎてよく見えずうまく植えられなかった手前のほうは仕方ないとして、奥はジョウバン使ったおかげで整然として機械植えと遜色ないと思いませんか?(笑)

平成25年 飯豊山登山 アクセスバスの運行について - 2013.06.05 Wed

今年も飯豊山登山に来られる方用に、山都駅から川入までアクセスバスが運行されることが決まりました。

昨年と違う点は、今年は金曜~月曜までの運行で、火、水、木は運行されないこと、そのかわり運行期間が7月12日から9月2日までにのびたことです。
1日2往復はかわりませんが、時間は少し変更があります。
詳しくは以下のチラシをご覧ください。
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6月15日15時、いよいよ山都町(福島県)と飯豊町(山形県)がつながります! - 2013.06.05 Wed

山形県飯豊町を起点として福島県喜多方市山都町に至る総延長13.8kmの林道がいよいよ6月15日に開通します。

正式名称は「飯豊檜枝岐線(山形県側)・一の木線(福島県側)」といいますが(愛称募集の動きもあるようです)、この林道の開通により、山形県がぐぐっと近い存在になりますし、峠付近の景色はとても素晴らしいのでいいドライブスポットが誕生します。

昨日、開通前の林道の様子を見てきました。
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山都町側、小白布沢大橋です。

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緑萌える今もいいですが、さらに秋の紅葉は絶景かと思います。

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飯豊町の境にある飯豊トンネル。トンネル内にあるこの林道の最高点は標高828m。

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向こう側の飯豊町でも最終準備が急ピッチですすんでいます。


林道の開通は6月15日15時です。

また、開通に伴い、1週間前の6月8日に開通プレイベントウォーキングが行われます(申し訳ありませんが、応募者多数により募集は締め切られています)。

この林道開通で、山形県と福島県の人、文化、経済面の交流が生まれ、さらに遠方から多くの観光客が来て下さることを期待しています。

よかったら新しい道を楽しみに、山都へお越しください。

6/23 新選組斉藤一の足跡を辿るin喜多方 参加者募集! - 2013.06.04 Tue

「八重の桜」、先週も涙なしでは見れない回でしたね。
三郎の死という現実の前に、父権八さんは「未熟だったかもしれないが、戦でお役に立てたのなら本望だろう。山本家の人間としてなんら恥じることない」と、ほとんど初めてといっていい三郎をほめたあとに、ひとり席を外して男泣き。やはり会津の男だな、と。
「三郎のかたきは私が討つ!」と言い放った綾瀬さんの鬼気迫る演技、シビレました(八重が「私が討つ!」と言う瞬間は、その前の週の予告の中のアングルのほうがさらによかったかなと思いますが…)。

新政府側の人間の中でも、私の中でコイツだけは許せん!と思う世良修蔵もついに登場しました。イメージぴったりの役者さんでした(笑)。
本ドラマでは、容保公、中野竹子、佐川官兵衛、徳川慶喜、西郷隆盛あたりがすごくハマってていいなあ、と思うのですが、みなさんいかがでしょう?

そんな個性的なキャラの中で、ひときわ異彩を放っているDragon Ash隆谷建志扮する斉藤一。
私のイメージする斉藤一とはちょっと違いますが、存在感ありますよね。

新選組最強といわれた剣客・斉藤一。
その斉藤一が実は有名な「如来堂の戦い」の前に現在の喜多方市(旧高郷町、旧山都町を含む)で激闘を繰り広げたことはあまり知られていません(八重の桜でもおそらく触れないのではないかと思います)。

今回は、大河ドラマ「天地人」で福島県部分の時代考証・原作に携わり、他にも会津の歴史に関することを多数執筆されている有名な郷土史家、石田明夫氏を講師に迎え、喜多方市での斉藤一の足跡を辿ってみたいと思います。

石田明夫先生のHPは→こちらをクリック

また、石田先生いわく、「喜多方方面での新選組関連案内はおそらく「初」で、今まで誰も行ったことがないでしょう」とのことです。

多くの戊辰戦争、新選組ファンのご参加をお待ちしています。

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チラシPDFファイルは→こちらをクリック

山都アスパラ収穫体験&クッキング教室 無事終了しました! - 2013.06.03 Mon

昨日6月2日に、山都アスパラのおいしさを堪能しまくる「山都アスパラ収穫体験&クッキング教室」を開催しました。
会津のアスパラについては→こちらをクリック

まずは、山都町川隅地区にある高橋さんのアスパラ畑におじゃまして収穫体験を。

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アスパラ農家の高橋さんから、会津のアスパラの歴史、実際の管理の苦労裏話などのレクチャーを受けました。

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山都の誇る「イケメンすぎるアスパラ農家」高橋さんに、一部の女性参加者から熱い視線が注がれていたとか(笑)。

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カマの使い方の講習を受けて、いよいよ収穫体験へ。

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27cm以上(カマの柄に書いてある黒マジックのラインが目安)のアスパラを参加者それぞれが探して収穫します。

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このあとの料理教室用にそれぞれ10本づつ収穫。

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さらにお土産用に参加者それぞれ持って帰りたい量を収穫し、こちらは即売会。

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そして場所を山都開発センター内の調理室へ移し、今度は自分らで収穫した採れたてアスパラを使った料理教室開始。

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クッキング教室の講師は地元喜多方市の料理研究家、山口良一さん。
山口先生は会津若松ワシントンホテルやレストランなどでの26年間の調理師としての経験を活かし、現在は自宅での料理教室をはじめ、リオンドールカルチャーセンターや各公民館の教室で、レストランの料理を家庭でも作れるように美味しくヘルシーにアレンジして教えてらっしゃいます。
また、スチームケース「ルクエ」を使ったレシピの研究・開発を手がけ、レシピブックの出版もされたり、テレビショッピングに出演されたりと各方面でご活躍中です。

Cooking Salon “Aizu”主宰、美味しいヘルシー家庭料理研究家、食育インストラクター

山口先生のブログは→こちらをクリック
先生の参加されてる「「ルクエ」でカレー研究会」のHPは→こちらをクリック

実は昨年山口先生の料理教室に私が参加させていただいたご縁で、ずっと考えていた今回のアスパライベント企画にご協力いただいたのでした。
昨年の料理教室の模様は→こちらをクリック
 
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先ほどまで畑でスクスク伸びていた鮮度抜群のアスパラを贅沢に使用します。

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では、この日の料理をご紹介。
◎アスパラガスのすり流し汁(2人前)
材料
グリーンアスパラガス 6本
だし昆布 5cm×1枚
水  2カップ
塩 酒 水溶き片栗粉  適量

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まずはアスパラを適当な長さに切ります。

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前の晩から漬けておいた昆布のだし汁を鍋に入れて火にかけ、沸騰したらアスパラを入れて茹でます。

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色よく茹であがったら、とりあげます。出し汁もキープ。

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穂先の部分だけ取り出しておき、だし昆布も引き上げて千切りにしておきます。

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茹でたアスパラとだし汁をミキサーに入れてまわします。

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鍋に戻して塩と酒で味をととのえます。

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水溶き片栗粉で軽くトロミをつけて、千切りしただし昆布を加えます。

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お椀に盛り分けて、とっておいたアスパラの穂先を静かに浮かべて出来上がり!

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続いて
◎アスパラガスとベーコンエッグの混ぜご飯(2人前)
材料
炊き立てご飯  茶碗2杯分
ベーコン 2枚
グリーンアスパラガス 2本
卵  1個
醤油 少々
こしょう 少々
キャノーラ油  適量

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ベーコンを5㎜幅くらいに切ります。

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フライパンにベーコンを入れて中弱火にかけ、

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カリカリっぽくなってきたら1㎝くらいに切ったアスパラも加えて炒めます。

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アスパラに火が通ったら、鍋肌に醤油をたらして焦がし。素早く混ぜてボウルに移し入れます。

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卵を割りいれて橋でかき混ぜ、炒り卵をつくります。

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このときいきなり黄身と白身をシャカシャカ混ぜたりせず、少しゆっくり混ぜるのがコツとのこと。

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おいしそうに見えるのはまさのこの赤、青、黄の「信号三色」のとりあわせ。

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これらを炊き立てごはん(もちろん山都産極上コシヒカリ(笑))にくわえて、塩こしょう、しょうゆで味をととのえ、ご飯がつぶれないように、しゃもじで切るように混ぜます。

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完成!

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続いて
◎グリーンアスパラの信田(しのだ)巻き(2人前)
材料
鶏挽肉  100g
長ネギ  1/4本
しょうが 1/4片
グリーンアスパラガス 2本
油揚げ  2枚
塩、こしょう、醤油 適量
酒  適量

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しょうがをみじん切りに。繊維の方向に注意して輪切りにして、最後はコップとかでたたいて細かくするのがベスト。

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長ネギもみじん切りに。

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油揚げは三辺を切り落として大きな四角に広げ、切れ端はみじん切りにします。

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ボウルに挽肉、長ネギ、しょうがとみじん切りした油揚げをいれて、塩、こしょう、しょうゆ、酒で味付けして、スプーンで練るようにしてよく混ぜます。

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広げた油揚げに均一に塗り、

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アスパラの穂先を出して巻いていきます。

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終わりの部分を挽肉を糊がわりにしてよくとめます。

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フライパンに並べて、中火ですこし焦げがつくくらい焼いたのち、酒を振り入れてフタをして2分ほど蒸し焼きにして火を通します。
今回は蒸し焼きでしたが、炒めてもいいし、揚げてもおいしいとのこと。

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切り口が見えるようにたてて完成!


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山口先生はアスパラのピクルスを作ってきてくれました。

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アスパラの残りはルクエスチームケースに入れてレンジでチン。塩ふりかけるだけでもうほんとおいしいです。

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これは山口先生のサービスの一品、ドライフルーツの塩ケーキ(ケークサレ)18㎝パウンド型
材料
薄力粉 110g
ベーキングパウダー 小さじ1/2(2g)
とろけるチーズ 2枚
オリーブオイル 大さじ4
卵 3個
塩 小さじ1/2
ミックスドライフルーツ 40g

作り方
ドライフルーツ以外の材料を全部フードプロセッサーに入れて回し、生地が滑らかになったらボウルに移します。
ボウルの生地にミックスドライフルーツをくわえてざっくりと混ぜ合わせます。
生地をパウンド型に流し入れ、180℃のオーブンで30分焼いたのち、ケーキクーラーの上で冷まして出来上がり。

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いざ、実食!!

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どれもおいしかったですが、中でも信田巻きがしょうがが効いて絶品でした。

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そして最後に、山口先生からサプライズプレゼントが!
二つのプレゼントを巡って、じゃんけん大会。

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ひとつはいつも山都G.T.イベントに参加してくれている大熊町の子がGET!

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本屋では手に入らない、貴重なカレーレシピ本です。

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しかも山口先生のサイン入り(笑)。

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もうひとつは5000円近くする高価なルクエ・スチームケース。

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これまた大熊町から避難生活を余儀なくされている方がGET!

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山口先生は
今月21日から9月までの間に、高郷公民館の料理講座を開く予定になっています。
日時は6月21日、7月26日、8月23日、9月20日の各金曜日夜7時~9時の計4回。
ご興味ある方は高郷公民館(0241-44-2263)までお問い合わせください。

今回もおかげさまで、とてもいいイベントになりました。
山口先生には、もしかしたら冬にもうひとつ、「やまとのみそ」のおいしさを生かした料理教室をお願いしちゃおうっかな、と今考えています。
乞うご期待。

ありがとうございました!



~番外編~
遠方からの参加者にはご希望あれば、オプションでそのとき旬の会津Goodスポットへご案内しています。
今回はイベント終了後、三ノ倉の菜ノ花畑へ。
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次回草取りイベントの時はひめさゆり祭り案内かな。
一粒で二度、、、いや三度おいしい山都G.Tイベント、ひとりでも多くの方のご参加お待ちしています。

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