いよいよ本格的な冬が。 - 2013.11.29 Fri
被災地の動物たち - 2013.11.28 Thu
実は震災直後から私は避難者の「家族」である犬3匹、猫2匹、ウサギ1匹預かっていたことがありました。
ほとんどの子はすでに飼い主の元に帰っていたのですが。。。

このイングリッシュセッターは若松の仮設住宅で今月13日息を引き取りました。
享年15歳。人間でいうと88歳のお年寄りですので、大往生と思いたいです。

そして、この子は1年預かったのち、一度郡山へ引っ越した避難者の元へ帰ったものの、そこではなじめず、結局ウチで完全に引き取ったウサギなんですが、昨日27日未明に息を引き取りました。

震災から2年半以上、ずっと元気だったのですが、ウサギ特有の4日ほど前に突如体調を崩して、病院にも連れて行ったものの、そのまま、というパターンでした。
震災、移動のストレスも寿命を縮めた一因だったんじゃないかと思うし、もっとなんとかできなかったかと考えてしまう自分がいます。
みんな人間と同じ立派な被災者。
ほんと怖い思いをいっぱいしたんです。
別れは本当につらいけど、自分がいつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。
ものも言えず、何が起きてるかもわからず、いきなり飼い主とは別れさせられ、ひとりぼっちで路頭に迷い、心細い思いをしてる多くの子らがまだまだいるんです。
そしてそんな小さな命をひとつでも救おうと頑張ってる人たちがいます。
支援の仕方はいっぱいあります。
amazonで支援物資を購入するだけで、自動的に必要としているところへ届くシステムもあります。
いくつかのリンクを貼っておきますので、共感してくださる方、ぜひご覧になって下さい。
よろしくお願いいたします。
一般社団法人RJAV被災動物ネットワーク→こちらをクリック
ふんばろう動物班→こちらをクリック
NPO法人SORAアニマルシェルター→こちらをクリック
ほとんどの子はすでに飼い主の元に帰っていたのですが。。。

このイングリッシュセッターは若松の仮設住宅で今月13日息を引き取りました。
享年15歳。人間でいうと88歳のお年寄りですので、大往生と思いたいです。

そして、この子は1年預かったのち、一度郡山へ引っ越した避難者の元へ帰ったものの、そこではなじめず、結局ウチで完全に引き取ったウサギなんですが、昨日27日未明に息を引き取りました。

震災から2年半以上、ずっと元気だったのですが、ウサギ特有の4日ほど前に突如体調を崩して、病院にも連れて行ったものの、そのまま、というパターンでした。
震災、移動のストレスも寿命を縮めた一因だったんじゃないかと思うし、もっとなんとかできなかったかと考えてしまう自分がいます。
みんな人間と同じ立派な被災者。
ほんと怖い思いをいっぱいしたんです。
別れは本当につらいけど、自分がいつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。
ものも言えず、何が起きてるかもわからず、いきなり飼い主とは別れさせられ、ひとりぼっちで路頭に迷い、心細い思いをしてる多くの子らがまだまだいるんです。
そしてそんな小さな命をひとつでも救おうと頑張ってる人たちがいます。
支援の仕方はいっぱいあります。
amazonで支援物資を購入するだけで、自動的に必要としているところへ届くシステムもあります。
いくつかのリンクを貼っておきますので、共感してくださる方、ぜひご覧になって下さい。
よろしくお願いいたします。
一般社団法人RJAV被災動物ネットワーク→こちらをクリック
ふんばろう動物班→こちらをクリック
NPO法人SORAアニマルシェルター→こちらをクリック
12月13日と14日 東京銀座で第4回福島産直市開催! - 2013.11.27 Wed
来たる12月13日と14日の2日間、東京・銀座駅構内で「福島産直市」が行われます。
今回は、今年つまり平成24酒造年度全国新酒鑑評会にて金賞を受賞した11銘柄はじめ福島のおいしい地酒がずらりと並ぶのが目玉ですが、その他福島の名産品のひとつとして、我が山都町からも山都の生ソバを販売に地元スタッフが行きます。
一人は山都G.T.の稲作体験でおなじみのイケメン稲作農家、平野氏です。
今も福島を応援してるぞ!と思ってくださっている関東の方々、お時間あればぜひ銀座駅日比谷線コンコースの特設売り場へ足をお運びください。


拡大印刷用ページは→こちらをクリック
今回は、今年つまり平成24酒造年度全国新酒鑑評会にて金賞を受賞した11銘柄はじめ福島のおいしい地酒がずらりと並ぶのが目玉ですが、その他福島の名産品のひとつとして、我が山都町からも山都の生ソバを販売に地元スタッフが行きます。
一人は山都G.T.の稲作体験でおなじみのイケメン稲作農家、平野氏です。
今も福島を応援してるぞ!と思ってくださっている関東の方々、お時間あればぜひ銀座駅日比谷線コンコースの特設売り場へ足をお運びください。


拡大印刷用ページは→こちらをクリック
飯豊の幸「やまとのみそ」つくり体験Ⅱ 無事終了しました! - 2013.11.25 Mon
昨年に引き続き今年も山都町・相原麹店にて「やまとのみそ」づくり体験を行いました。
リピーター+アルファで定員いっぱいの20名ご参加いただきました。
ありがとうございます!


今年もまずはウェルカム甘酒。
麹ともち米のみの自然の甘みであったまります。

体験の前に今年も相原さんの講義を。
みそのメカニズムから、日本文化の話まで幅広く貴重な話をうかがいました。


そして実際のみそづくりへ。
今回も蒸し終わった大豆から作業が始まります。
例によってほんのりと甘みのある大豆をみんなでつまみぐい(笑)。

浸漬して蒸した大豆をチョッパーにかけてつぶします。

それぞれのコンテナへまずそのチョッパーへかけた大豆2.7kg(湿重量)。

麹1.5kg(乾燥重量)。




さらに塩720g(14%)をとり、あわせます。
ポイントは塩をまんべんなくいきわたらせるように混ぜること。偏るとしょっぱいとことそうでないとこができてしまうだけでなく、塩がいきわたってない部分はカビやすくなるからだそうです。

で、最後に、水を600cc。
これでだいたい5.5kgくらいのみそができる計算になります。

混ぜるものはこれら、大豆、麹、塩、水のみ。
添加物、保存料一切無しの「ホンモノのみそ」です。
そば打ちのときのようにあまりこねるのではなく、まんべんなくいきわたらせるイメージで。

そして保存用の樽につめます。ポイントはなるべく空気が入らないようにすること。内側に厚手のビニール袋を敷き、隙間ないようにつめこみます。空気があるとカビが生えてしまうからだそうです。


「手前みそ」仕込み完了。
来年の秋には食べられるようになります。


で、昼食タイム。

リピーターの方には昨年つくった「手前みそ」を持ってきてもらい、比べてみました。
いや~、みそは「生き物」、保存環境などで変わるとは聞いていましたが、実際並べてみるとその違いが一目瞭然!
これほど違うとは。

平均気温が高い千葉のほうが会津よりも熟成が進んで、「褐変現象」で色が濃いのはわかるのですが。。。。

同じ千葉でも違う参加者のみそがこれほど違うとは。。。
面白いですねえ、みそって(笑)。



色だけでなく、味も香りも舌触りもそれぞれ個性的で甲乙つけがたく、とても興味深かったです。
今年はもっと熟成させる地方が増えたので、来年がさらに楽しみですね。

ちなみにこれは相原さんの販売しているみそ。写真上が青豆みそ、下左が山都みそ2年もの、下右が山都みそ1年もの。

そして定番、みそ焼きおにぎり。

相原さんの味噌汁。もちろん「やまとのみそ」使用です。
豆腐とねぎの具だくさんに加え、沼ノ平の天然ナメコも贅沢に入りました。





今回も山都G.T.恒例、参加者全員による自己紹介。親睦を深めました。


午後は、いまだブームの続いている「塩麹」つくり実演。
材料は
麹 500g
塩 170g
水 600g
麹をばらばらになるまで手でもみほぐし、塩をあわせ手でぎゅっと握りながらよくもんで、水をひたひたに注ぎます。
そしてそれをミルク状になるまで手ですり合わせ、それを密閉できるタッパーなどの容器に移し、1日に1回くらいかき混ぜながら、1週間~10日ほど常温で置いておきます。
発酵・熟成してほんのりと甘みが出てきたら出来上がり。その後は冷蔵庫で保存します。
こんなに簡単に「魔法の万能調味料」が出来ちゃうのです。
みそもそうですが麹も多くの参加者が購入されてました。
我が家ももちろん(笑)。
相原さんのところでは全国発送も行っています。
添加物・保存料なしの昔ながらの山都みそ。
麹も好評です。
ご興味のある方、よかったら電話して取り寄せてみてください。
相原麹店
〒969-4107 福島県喜多方市山都町相川字東向甲1490
TEL・FAX 0241-38-3013
また、山都G.T.ではこのみそづくりに続いて、12月15日に「やまとのみそ」を使った料理教室(こちらをクリック)を開催します。
参加者募集中です。
よかったら参加申し込み、お待ちしてます。
リピーター+アルファで定員いっぱいの20名ご参加いただきました。
ありがとうございます!


今年もまずはウェルカム甘酒。
麹ともち米のみの自然の甘みであったまります。

体験の前に今年も相原さんの講義を。
みそのメカニズムから、日本文化の話まで幅広く貴重な話をうかがいました。


そして実際のみそづくりへ。
今回も蒸し終わった大豆から作業が始まります。
例によってほんのりと甘みのある大豆をみんなでつまみぐい(笑)。

浸漬して蒸した大豆をチョッパーにかけてつぶします。

それぞれのコンテナへまずそのチョッパーへかけた大豆2.7kg(湿重量)。

麹1.5kg(乾燥重量)。




さらに塩720g(14%)をとり、あわせます。
ポイントは塩をまんべんなくいきわたらせるように混ぜること。偏るとしょっぱいとことそうでないとこができてしまうだけでなく、塩がいきわたってない部分はカビやすくなるからだそうです。

で、最後に、水を600cc。
これでだいたい5.5kgくらいのみそができる計算になります。

混ぜるものはこれら、大豆、麹、塩、水のみ。
添加物、保存料一切無しの「ホンモノのみそ」です。
そば打ちのときのようにあまりこねるのではなく、まんべんなくいきわたらせるイメージで。

そして保存用の樽につめます。ポイントはなるべく空気が入らないようにすること。内側に厚手のビニール袋を敷き、隙間ないようにつめこみます。空気があるとカビが生えてしまうからだそうです。


「手前みそ」仕込み完了。
来年の秋には食べられるようになります。


で、昼食タイム。

リピーターの方には昨年つくった「手前みそ」を持ってきてもらい、比べてみました。
いや~、みそは「生き物」、保存環境などで変わるとは聞いていましたが、実際並べてみるとその違いが一目瞭然!
これほど違うとは。

平均気温が高い千葉のほうが会津よりも熟成が進んで、「褐変現象」で色が濃いのはわかるのですが。。。。

同じ千葉でも違う参加者のみそがこれほど違うとは。。。
面白いですねえ、みそって(笑)。



色だけでなく、味も香りも舌触りもそれぞれ個性的で甲乙つけがたく、とても興味深かったです。
今年はもっと熟成させる地方が増えたので、来年がさらに楽しみですね。

ちなみにこれは相原さんの販売しているみそ。写真上が青豆みそ、下左が山都みそ2年もの、下右が山都みそ1年もの。

そして定番、みそ焼きおにぎり。

相原さんの味噌汁。もちろん「やまとのみそ」使用です。
豆腐とねぎの具だくさんに加え、沼ノ平の天然ナメコも贅沢に入りました。





今回も山都G.T.恒例、参加者全員による自己紹介。親睦を深めました。


午後は、いまだブームの続いている「塩麹」つくり実演。
材料は
麹 500g
塩 170g
水 600g
麹をばらばらになるまで手でもみほぐし、塩をあわせ手でぎゅっと握りながらよくもんで、水をひたひたに注ぎます。
そしてそれをミルク状になるまで手ですり合わせ、それを密閉できるタッパーなどの容器に移し、1日に1回くらいかき混ぜながら、1週間~10日ほど常温で置いておきます。
発酵・熟成してほんのりと甘みが出てきたら出来上がり。その後は冷蔵庫で保存します。
こんなに簡単に「魔法の万能調味料」が出来ちゃうのです。
みそもそうですが麹も多くの参加者が購入されてました。
我が家ももちろん(笑)。
相原さんのところでは全国発送も行っています。
添加物・保存料なしの昔ながらの山都みそ。
麹も好評です。
ご興味のある方、よかったら電話して取り寄せてみてください。
相原麹店
〒969-4107 福島県喜多方市山都町相川字東向甲1490
TEL・FAX 0241-38-3013
また、山都G.T.ではこのみそづくりに続いて、12月15日に「やまとのみそ」を使った料理教室(こちらをクリック)を開催します。
参加者募集中です。
よかったら参加申し込み、お待ちしてます。
そば伝承館がこの冬、夜は居酒屋になります - 2013.11.22 Fri
第6回会津発見塾 ふくしまの近代化産業遺産を訪ねて - 2013.11.20 Wed
先週14日にとうとう今年の最終回を迎えた会津発見塾。
また私が講師を担当することになったので、今回は「近代化産業遺産」に注目して企画してみました。
近代化産業遺産とは、幕末から昭和初期にかけて地域の産業近代化や技術発展に貢献した工場や炭鉱などの施設を経済産業省が認定したものです。
現在全国で66件の遺産群、1115件の個々の遺産が認定されています。
喜多方市では一の戸橋梁、山都駅油庫、旧国鉄日中線熱塩駅、三津谷の登り窯などが認定されています。
国宝や重要文化財と違いなまじメチャクチャ古いわけではないので逆に「ちょい古」の時代遅れのものとして破棄されやすく、それを保存するのは重要で、最近はそれを巡るツアー「ヘリテージツーリズム」など新たな地域観光資源としても注目を集めています。
今回は郡山・猪苗代方面の国道49号沿い
・安積疏水
・沼尻鉱山・沼尻軽便鉄道
・猪苗代発電所
の、3つのゆかりの地を訪ねることにしました。
まずは安積疏水。
滋賀・京都の琵琶湖疏水、栃木の那須疏水と並んで「日本三大疏水」と称される「安積疏水(あさかそすい)」は、米作りのために猪苗代湖の水を郡山を中心とする安積地方へ引くため、1879年から3年という短期間で開通した水路です。
県の役人だった中条政恒という人が、当時700軒ぐらいしか家がない小さな宿場町だった郡山を生糸の特産地にしようと、開拓して桑の木を植える事業を始めたのが安積疎水事業につながる第一歩となりました。
中条政恒
中条の呼び掛けに応え、地元の商人たちが結成したのが「開成社」で、この後の安積開拓の中心を成していく「福島県開拓掛」の事務所が置かれた「開成館」は今も残っていて資料館として公開しているので、まずはそこを見学しました。

この開成館の建物は明治7年建築、当時地方には洋風の建築法が伝わっておらず、地元の大工が苦労の末建てた擬洋風建築の建物で、県の重要文化財に指定されています。
そして2009年に近代化産業遺産に認定。



ちゃんとした記録が残っているわけではありませんが、筆跡鑑定の結果?この表札の字はあの木戸孝充の書という説があるそうです。

この石は建設当初のオリジナルかな、と思ったり。

これが完成から2年後、明治9年当時の写真。正面奥が開成館、写真右端の安積開拓官舎も現存しています。


オリジナルに執着心のある私は、この手すりもそうかな、と思ったり。

疏水建設当初、送水に使われた管も展示されていました。なんと木製。
太い木の中をくりぬいてつくったものです。すごい。

安積疏水と猪苗代湖の位置関係がわかる航空写真。写真上、奥の湖が猪苗代湖、写真手前下が郡山。
猪苗代湖は日本で4番目に大きい湖。108㎢、貯水量38億6000万トン。
猪苗代湖と郡山の標高差264m。
水量豊富、落差で送水しやすい。これに着目した人、すごい!って話ですね(笑)。

そして、明治9年(1876年)明治天皇の東北行幸の下調べのため郡山へやってきたあの大久保利通に、開成社の人々はこれまでやってきた開拓の実績をもって「もっと開拓を大きなものにするため、猪苗代湖の水を郡山へ引く水路をつくりたい」と相談。
大久保も、「全国の職を失った侍たちに仕事を与えられ、日本の農業も安定するに違いない」と、この計画にGOサインを出したのでした。
大久保利通
そして政府の役人である奈良原繁という人が中心となり、猪苗代湖の水量の変化を調べたり、安積平野の土地の高低などを測量したり、念入りに計画をたてました。
全体設計は南一郎平、詳細設計は山田寅吉などの日本人技術者達が担当しました。

当時の高低差を記した図面。
また、奈良原らによる設計図がほぼ出来上がっても、それが正しいかどうか自信が持てないでいるなか、一人のオランダ人技師が郡山にやってきました。
名前はファン・ドールン。
明治政府に頼まれ利根川堤防、淀川改修、大阪港などの工事を手掛けた一流の技術者でした。
ファン・ドールンはたった6日の滞在の間、精力的に現場を調査し、奈良原らの設計図が正しいことを多くの意見で証明したそうです。
ドールンの銅像は戊辰の役の攻防で有名な十六橋の近くにあります。このドールンの銅像には興味深いエピソードがあるのですが、それはまたの機会に~。

奈良原繁 ファンドールン

そしてここ開成館は明治天皇の2度の東北巡幸の際に、明治9年には「宿泊所」として、明治14年には「昼食会場」として使用されました。
実際にお泊りになった開成館3階には「明治天皇行幸記録」をもとに当時の行在所の玉座部分の様子が再現されています。


開成館敷地内には、安積開拓入植者住宅が2棟移築されていますが、そのほか安積開拓官舎(旧立岩一郎邸)は上の明治9年当時の写真にあるように、開成館と同じく建設当時からそのままの位置に現存しています。

「官舎」の名の通り、職員用の家で、明治12年には視察に訪れたあの伊藤博文も泊まった記録が残っています。


釘隠しは当時のものかな? 形も変わっていて興味深くみました。
安積疏水の設計図の完成を待っていた明治政府が、明治12年10月に工事開始を認め、工事がはじまりました。
様々な苦労を乗り越え、明治15年8月、わずか3年間で幹線水路の延長52km、分水路78km、トンネル37か所、受益面積が約3千ヘクタールという安積疏水が完成しました。
工事に従事した人数は延べ85万人、総経費は40万7千円(現在の貨幣価値に換算すると約400億円)でした。
明治はじめにはほとんど原野で、700軒、2000人ほどの小さな宿場町でしかなかった郡山が、この安積疏水のおかげで今では38万8000人の福島県下一の大都市へ発展しています。
その陰には様々な人の苦労と頑張りがあったんですよね。
郡山というとみなさん開成山公園は知っていますが、実は今回の参加者のほとんどはそのとなりにあるこの開成館の存在を知りませんでした。
ここへ来れば安積疏水のことがとてもよくわかるので、ぜひおすすめしたいスポットです。
アクセス等、開成館の詳細は→こちらをクリック
そして、開成館をあとにし、一路猪苗代へ。途中、磐梯熱海で昼食タイム。

歴史のあるとんかつやさん「うえの」。

いつもなら300gある「特製とんかつ定食」を食べるのですが(ジャンボとんかつはなんと400g!)、この日は年配の方も多いので、事前に量もそこそこでリーズナブルな「とんかつ弁当」をチョイス。
20年ぶりにきたとおっしゃってる参加者もいました。
とんかつうえの
福島県郡山市熱海町熱海5丁目124
024-984-3303
そして猪苗代へ。
沼尻鉱山、軽便鉄道の勉強です。

解説案内をお願いした「沼尻鉱山と軽便鉄道を語り継ぐ会」事務局長の安部なかさん。
実は以前、個人的に猪苗代の郷土史本を探していたときにお世話になった関係で、今回お願いしました。
地元出身で軽便とともに育ち、沼尻鉱山と軽便鉄道を後世に語り継ぐことに心血を注いでいる、とても郷土愛にあふれた方です。
実は沼尻軽便資料展示室は震災前までは会津下館駅があった場所に設けられた「村の停車場」2階にあったのですが、震災で建物がダメージを受けたため、今は緑の村・淡水魚館の中に移動して展示されています。

沼尻鉱山は猪苗代町の安達太良山の西斜面標高1000m以上のところにありました。
付近は会津領と二本松領の境界があり、その一帯にある硫黄の採掘権、湯脈権をめぐって紛争が絶えなかったそうです。
また、硫黄は、近代日本の重要な輸出産品でした。
「黄色いダイヤ」とも呼ばれた硫黄は、医薬品やマッチ、セロファンなど貴重な原料として高値で取引されました。明治に入って民間資本が投入されてから活気づき、一時は2000人以上の鉱夫が働いていて、最盛期には年間17000トンもの採掘量があったそうです。
しかし戦後は石油の副産物として硫黄が安く生産できるようになって価格が急落し、昭和43年に閉山となりました。

館内には鉱山の資料がいっぱいで、鉱山の当時の状況、厳しさ、悲しいエピソードなど貴重な話の数々を安部さんは涙ながらに我々に語ってくれました。
そして私が一番楽しみにしていたコーナーへ。

当時の資料や写真、記憶などをもとに、沼尻軽便鉄道の全ての駅の雰囲気を忠実に再現したNゲージ模型。

沼尻軽便鉄道は、沼尻鉱山で採れた硫黄を運ぶために、大正2(1913)年から磐越西線(当時は岩越鉄道)の川桁駅までの約16㎞の区間で運行されていました。
また、硫黄の運搬だけでなく、旅客営業も行っていて住民や温泉客を運んでいたので、「マッチ箱」「豆汽車」とも呼ばれ住民に親しまれていました。
しかし沼尻軽便鉄道も、沼尻鉱山と同じ昭和43年にその56年の歴史に幕が降ろされました。
私の生まれたときにはすでになかったんですね。。。

ここのすごいところは、ガラスケースとかで覆われていなくて、ほんとにすぐ近くまで顔を近づけて観れるんです。
そして、子供の目線でもみれるよう、高さを低くしてあります。
触れるということは壊されちゃうんじゃないかという心配ありますが、逆に今までいたづらされたり壊されたことはないそうです。





私は特に鉄道マニアではないですが、その昔、小学生にあがる前くらいの時、東京・秋葉原にある交通博物館で、閉館時間になってもNゲージ模型の前から離れず親を困らせたことがあるとか(苦笑)。
いやー、大好きですね、こういうの。
時間あれば1日でも見てられるかもしれません(笑)。

いよいよあと4話を残す限りとなった大河ドラマ八重の桜。
毎月違うオープニングで楽しませてもらってきましたが、ずっと変わらず放映されている最後の部分、磐梯山を背景に子供たちが和傘を開いていくシーンが撮影されたのが、近くの町営磐梯山牧場。
そのロケ撮影を記念して寄贈されたドラマ出演者のメッセージを添えた記念パネルが展示されています。


中央に「Smile」綾瀬さんの直筆サイン。

緑の村、外には以前からずっと展示されている沼尻軽便鉄道の車両。
今回の参加者の中には、小さいころこの沼尻軽便鉄道、それもトロッコに乗った記憶がしっかり残っている方がいました。
そして、この日のラスト、猪苗代発電所へ。

まず猪苗代第二発電所。

第二発電所の建物は猪苗代の発電所群の中で最も古く、大正7年(1918)に完成した当時の姿のまま残っています。
鉄骨レンガ造りの建屋の設計はあの東京駅や日本銀行本店と同じ辰野金吾の監修によるものです。
本来ならこの第二発電所の内部も見学させていただくはずでしたが、震災後、耐震性の問題で内部見学は中止となっているので、今回は近くにある第一発電所の方を見学しました。


こちらが猪苗代第一発電所。
「第一」とつくだけあって、第二発電所よりも4年ほど前、大正3年(1914)に完成した発電所。当時東洋一、世界でも3位の発電、送電設備を有していました(37,500 kW)。
第二と違い、この第一発電所の建物はその後改修され、新しいものとなっています。

猪苗代発電所郡は東電の管轄。
東電の方々から現在の発電概要、世界のダムの話などのレクチャーがありました。
私ももちろん東電に対しては複雑で割り切れない感情をいまだ持っていますが、この日冒頭に担当者から丁重なお詫びのご挨拶があったこと、4名もの方にきていただき丁寧な施設案内をしていただいたこと、これだけは書き添えておきます。

現在はこの猪苗代第一発電所は普段は無人で、若松の事務所ですべて遠隔管理しているとのこと。
ここでつくられた電気は那須の方で使われているそうです。

内部の見学へ。

作業の人が映っているので大きさがわかりますね。



第一発電所建設当時のレンガが一部だけ残されていました。
このレンガは東京駅と同時期に同じ埼玉県深谷市で製造されたものだそうです。

建設当時東洋一だった発電量はアメリカ製の送電線により225㎞離れた東京・田端変電所に送られ、王子電車などを動かしました。
これが日本で最初に成功した高電圧による長距離送電ということで、送電発祥の地の記念碑が敷地内にありました。

ちょっと駆け足で回った1日でしたが、普段は入れない発電所、存在があまり知られていない開成館や沼尻軽便資料館などを見学できて有意義でした。
会津発見塾。。。来年は???まだ全然未定です(笑)。
また私が講師を担当することになったので、今回は「近代化産業遺産」に注目して企画してみました。
近代化産業遺産とは、幕末から昭和初期にかけて地域の産業近代化や技術発展に貢献した工場や炭鉱などの施設を経済産業省が認定したものです。
現在全国で66件の遺産群、1115件の個々の遺産が認定されています。
喜多方市では一の戸橋梁、山都駅油庫、旧国鉄日中線熱塩駅、三津谷の登り窯などが認定されています。
国宝や重要文化財と違いなまじメチャクチャ古いわけではないので逆に「ちょい古」の時代遅れのものとして破棄されやすく、それを保存するのは重要で、最近はそれを巡るツアー「ヘリテージツーリズム」など新たな地域観光資源としても注目を集めています。
今回は郡山・猪苗代方面の国道49号沿い
・安積疏水
・沼尻鉱山・沼尻軽便鉄道
・猪苗代発電所
の、3つのゆかりの地を訪ねることにしました。
まずは安積疏水。
滋賀・京都の琵琶湖疏水、栃木の那須疏水と並んで「日本三大疏水」と称される「安積疏水(あさかそすい)」は、米作りのために猪苗代湖の水を郡山を中心とする安積地方へ引くため、1879年から3年という短期間で開通した水路です。
県の役人だった中条政恒という人が、当時700軒ぐらいしか家がない小さな宿場町だった郡山を生糸の特産地にしようと、開拓して桑の木を植える事業を始めたのが安積疎水事業につながる第一歩となりました。

中条の呼び掛けに応え、地元の商人たちが結成したのが「開成社」で、この後の安積開拓の中心を成していく「福島県開拓掛」の事務所が置かれた「開成館」は今も残っていて資料館として公開しているので、まずはそこを見学しました。

この開成館の建物は明治7年建築、当時地方には洋風の建築法が伝わっておらず、地元の大工が苦労の末建てた擬洋風建築の建物で、県の重要文化財に指定されています。
そして2009年に近代化産業遺産に認定。



ちゃんとした記録が残っているわけではありませんが、筆跡鑑定の結果?この表札の字はあの木戸孝充の書という説があるそうです。

この石は建設当初のオリジナルかな、と思ったり。

これが完成から2年後、明治9年当時の写真。正面奥が開成館、写真右端の安積開拓官舎も現存しています。


オリジナルに執着心のある私は、この手すりもそうかな、と思ったり。

疏水建設当初、送水に使われた管も展示されていました。なんと木製。
太い木の中をくりぬいてつくったものです。すごい。

安積疏水と猪苗代湖の位置関係がわかる航空写真。写真上、奥の湖が猪苗代湖、写真手前下が郡山。
猪苗代湖は日本で4番目に大きい湖。108㎢、貯水量38億6000万トン。
猪苗代湖と郡山の標高差264m。
水量豊富、落差で送水しやすい。これに着目した人、すごい!って話ですね(笑)。

そして、明治9年(1876年)明治天皇の東北行幸の下調べのため郡山へやってきたあの大久保利通に、開成社の人々はこれまでやってきた開拓の実績をもって「もっと開拓を大きなものにするため、猪苗代湖の水を郡山へ引く水路をつくりたい」と相談。
大久保も、「全国の職を失った侍たちに仕事を与えられ、日本の農業も安定するに違いない」と、この計画にGOサインを出したのでした。

そして政府の役人である奈良原繁という人が中心となり、猪苗代湖の水量の変化を調べたり、安積平野の土地の高低などを測量したり、念入りに計画をたてました。
全体設計は南一郎平、詳細設計は山田寅吉などの日本人技術者達が担当しました。

当時の高低差を記した図面。
また、奈良原らによる設計図がほぼ出来上がっても、それが正しいかどうか自信が持てないでいるなか、一人のオランダ人技師が郡山にやってきました。
名前はファン・ドールン。
明治政府に頼まれ利根川堤防、淀川改修、大阪港などの工事を手掛けた一流の技術者でした。
ファン・ドールンはたった6日の滞在の間、精力的に現場を調査し、奈良原らの設計図が正しいことを多くの意見で証明したそうです。
ドールンの銅像は戊辰の役の攻防で有名な十六橋の近くにあります。このドールンの銅像には興味深いエピソードがあるのですが、それはまたの機会に~。


奈良原繁 ファンドールン

そしてここ開成館は明治天皇の2度の東北巡幸の際に、明治9年には「宿泊所」として、明治14年には「昼食会場」として使用されました。
実際にお泊りになった開成館3階には「明治天皇行幸記録」をもとに当時の行在所の玉座部分の様子が再現されています。


開成館敷地内には、安積開拓入植者住宅が2棟移築されていますが、そのほか安積開拓官舎(旧立岩一郎邸)は上の明治9年当時の写真にあるように、開成館と同じく建設当時からそのままの位置に現存しています。

「官舎」の名の通り、職員用の家で、明治12年には視察に訪れたあの伊藤博文も泊まった記録が残っています。


釘隠しは当時のものかな? 形も変わっていて興味深くみました。
安積疏水の設計図の完成を待っていた明治政府が、明治12年10月に工事開始を認め、工事がはじまりました。
様々な苦労を乗り越え、明治15年8月、わずか3年間で幹線水路の延長52km、分水路78km、トンネル37か所、受益面積が約3千ヘクタールという安積疏水が完成しました。
工事に従事した人数は延べ85万人、総経費は40万7千円(現在の貨幣価値に換算すると約400億円)でした。
明治はじめにはほとんど原野で、700軒、2000人ほどの小さな宿場町でしかなかった郡山が、この安積疏水のおかげで今では38万8000人の福島県下一の大都市へ発展しています。
その陰には様々な人の苦労と頑張りがあったんですよね。
郡山というとみなさん開成山公園は知っていますが、実は今回の参加者のほとんどはそのとなりにあるこの開成館の存在を知りませんでした。
ここへ来れば安積疏水のことがとてもよくわかるので、ぜひおすすめしたいスポットです。
アクセス等、開成館の詳細は→こちらをクリック
そして、開成館をあとにし、一路猪苗代へ。途中、磐梯熱海で昼食タイム。

歴史のあるとんかつやさん「うえの」。

いつもなら300gある「特製とんかつ定食」を食べるのですが(ジャンボとんかつはなんと400g!)、この日は年配の方も多いので、事前に量もそこそこでリーズナブルな「とんかつ弁当」をチョイス。
20年ぶりにきたとおっしゃってる参加者もいました。
とんかつうえの
福島県郡山市熱海町熱海5丁目124
024-984-3303
そして猪苗代へ。
沼尻鉱山、軽便鉄道の勉強です。

解説案内をお願いした「沼尻鉱山と軽便鉄道を語り継ぐ会」事務局長の安部なかさん。
実は以前、個人的に猪苗代の郷土史本を探していたときにお世話になった関係で、今回お願いしました。
地元出身で軽便とともに育ち、沼尻鉱山と軽便鉄道を後世に語り継ぐことに心血を注いでいる、とても郷土愛にあふれた方です。
実は沼尻軽便資料展示室は震災前までは会津下館駅があった場所に設けられた「村の停車場」2階にあったのですが、震災で建物がダメージを受けたため、今は緑の村・淡水魚館の中に移動して展示されています。

沼尻鉱山は猪苗代町の安達太良山の西斜面標高1000m以上のところにありました。
付近は会津領と二本松領の境界があり、その一帯にある硫黄の採掘権、湯脈権をめぐって紛争が絶えなかったそうです。
また、硫黄は、近代日本の重要な輸出産品でした。
「黄色いダイヤ」とも呼ばれた硫黄は、医薬品やマッチ、セロファンなど貴重な原料として高値で取引されました。明治に入って民間資本が投入されてから活気づき、一時は2000人以上の鉱夫が働いていて、最盛期には年間17000トンもの採掘量があったそうです。
しかし戦後は石油の副産物として硫黄が安く生産できるようになって価格が急落し、昭和43年に閉山となりました。

館内には鉱山の資料がいっぱいで、鉱山の当時の状況、厳しさ、悲しいエピソードなど貴重な話の数々を安部さんは涙ながらに我々に語ってくれました。
そして私が一番楽しみにしていたコーナーへ。

当時の資料や写真、記憶などをもとに、沼尻軽便鉄道の全ての駅の雰囲気を忠実に再現したNゲージ模型。

沼尻軽便鉄道は、沼尻鉱山で採れた硫黄を運ぶために、大正2(1913)年から磐越西線(当時は岩越鉄道)の川桁駅までの約16㎞の区間で運行されていました。
また、硫黄の運搬だけでなく、旅客営業も行っていて住民や温泉客を運んでいたので、「マッチ箱」「豆汽車」とも呼ばれ住民に親しまれていました。
しかし沼尻軽便鉄道も、沼尻鉱山と同じ昭和43年にその56年の歴史に幕が降ろされました。
私の生まれたときにはすでになかったんですね。。。

ここのすごいところは、ガラスケースとかで覆われていなくて、ほんとにすぐ近くまで顔を近づけて観れるんです。
そして、子供の目線でもみれるよう、高さを低くしてあります。
触れるということは壊されちゃうんじゃないかという心配ありますが、逆に今までいたづらされたり壊されたことはないそうです。





私は特に鉄道マニアではないですが、その昔、小学生にあがる前くらいの時、東京・秋葉原にある交通博物館で、閉館時間になってもNゲージ模型の前から離れず親を困らせたことがあるとか(苦笑)。
いやー、大好きですね、こういうの。
時間あれば1日でも見てられるかもしれません(笑)。

いよいよあと4話を残す限りとなった大河ドラマ八重の桜。
毎月違うオープニングで楽しませてもらってきましたが、ずっと変わらず放映されている最後の部分、磐梯山を背景に子供たちが和傘を開いていくシーンが撮影されたのが、近くの町営磐梯山牧場。
そのロケ撮影を記念して寄贈されたドラマ出演者のメッセージを添えた記念パネルが展示されています。


中央に「Smile」綾瀬さんの直筆サイン。

緑の村、外には以前からずっと展示されている沼尻軽便鉄道の車両。
今回の参加者の中には、小さいころこの沼尻軽便鉄道、それもトロッコに乗った記憶がしっかり残っている方がいました。
そして、この日のラスト、猪苗代発電所へ。

まず猪苗代第二発電所。

第二発電所の建物は猪苗代の発電所群の中で最も古く、大正7年(1918)に完成した当時の姿のまま残っています。
鉄骨レンガ造りの建屋の設計はあの東京駅や日本銀行本店と同じ辰野金吾の監修によるものです。
本来ならこの第二発電所の内部も見学させていただくはずでしたが、震災後、耐震性の問題で内部見学は中止となっているので、今回は近くにある第一発電所の方を見学しました。


こちらが猪苗代第一発電所。
「第一」とつくだけあって、第二発電所よりも4年ほど前、大正3年(1914)に完成した発電所。当時東洋一、世界でも3位の発電、送電設備を有していました(37,500 kW)。
第二と違い、この第一発電所の建物はその後改修され、新しいものとなっています。

猪苗代発電所郡は東電の管轄。
東電の方々から現在の発電概要、世界のダムの話などのレクチャーがありました。
私ももちろん東電に対しては複雑で割り切れない感情をいまだ持っていますが、この日冒頭に担当者から丁重なお詫びのご挨拶があったこと、4名もの方にきていただき丁寧な施設案内をしていただいたこと、これだけは書き添えておきます。

現在はこの猪苗代第一発電所は普段は無人で、若松の事務所ですべて遠隔管理しているとのこと。
ここでつくられた電気は那須の方で使われているそうです。

内部の見学へ。

作業の人が映っているので大きさがわかりますね。



第一発電所建設当時のレンガが一部だけ残されていました。
このレンガは東京駅と同時期に同じ埼玉県深谷市で製造されたものだそうです。

建設当時東洋一だった発電量はアメリカ製の送電線により225㎞離れた東京・田端変電所に送られ、王子電車などを動かしました。
これが日本で最初に成功した高電圧による長距離送電ということで、送電発祥の地の記念碑が敷地内にありました。

ちょっと駆け足で回った1日でしたが、普段は入れない発電所、存在があまり知られていない開成館や沼尻軽便資料館などを見学できて有意義でした。
会津発見塾。。。来年は???まだ全然未定です(笑)。
里山・里海タイムトリップ サイトオープン - 2013.11.18 Mon
本日より、じゃらんさんの
「里山・里海タイムトリップ」というWEBサイトがオープンしました。
→こちらをクリック
旅行先でオプションとしてちょっと何か面白い体験したいな、なんて思うお客様にとって魅力的な体験ツアー情報満載です。
山都G.T.でも、今週末のみそづくり体験と1月のスノーシューハイクの案内情報を載せていただいています。
(なにかあちらの手違いで、訂正がまだなされていないようですが。。。)
よかったらのぞいてみてください。
「里山・里海タイムトリップ」というWEBサイトがオープンしました。
→こちらをクリック
旅行先でオプションとしてちょっと何か面白い体験したいな、なんて思うお客様にとって魅力的な体験ツアー情報満載です。
山都G.T.でも、今週末のみそづくり体験と1月のスノーシューハイクの案内情報を載せていただいています。
(なにかあちらの手違いで、訂正がまだなされていないようですが。。。)
よかったらのぞいてみてください。
白水阿弥陀堂ライトアップ - 2013.11.18 Mon
福島県の数少ない国宝のひとつ、白水阿弥陀堂。
前々から狙っていた紅葉ライトアップに合わせていわきへ行ってきました。

まずは夜の下見を兼ねて朝の阿弥陀堂へ。

巨木好きの私にとって、まず目につくのが、いわき市の天然記念物に指定されている大イチョウ。

最近、私のカメラにある機能、「ジオラマモード」にはまってまして(苦笑)、カメラマン気取りでこんな写真を撮ってます。

白水阿弥陀堂は、1160年、夫・岩城則道の菩提を弔うために妻・徳姫が建立したもので、建物自体が国宝に指定されています。
他にもご本尊の木造阿弥陀如来と両脇侍像、そしてその両脇を守る木造持国天立像・多聞天立像のすべて国の重要文化財、庭園含む境域全体が国の史跡に指定されていて、文化財の宝庫となっています。

阿弥陀堂を建立した徳姫は、あの奥州・藤原清衡の娘だそうで、平泉の毛越寺を模したといわれる浄土式庭園もとても美しいです。
(ちなみに白水という地名は平泉の「泉」の字を分解して名付けた、というのが通説になっています)

↑↓これらも「ジオラマモード」撮影したもの。いかがでしょうか??(笑)

そして夜のライトアップまで時間あるので、スパリゾートハワイアンズで、「フラガール」ショーを初鑑賞。






まだまだ時間あるので、これまた有名な巨木、「中釜戸のシダレモミジ」に会いに。
まだ紅葉には少し早いようでしたが、そのぶん空いていてラッキーでした。

いやー、樹幹はねじ曲がり、大きなこぶがそこここにあって迫力満点。
樹齢はわかりませんが、長い年月を生き抜いてきた「オーラ」をまとっていました。

種類はイロハカエデとのことですが、通常イロハカエデはこんなにねじ曲がらず、枝垂れにもなりません。
この樹の形状は突然変異によるものと考えられており、植物形態学的、遺伝学的に貴重であることから国の天然記念物に指定されています。

そして17時、待ちに待った点灯。

写真はイマイチで申し訳ないですが(苦笑)、実際の光景は、それはそれは息をのむ美しさでした。





ライトアップは17日で終了しましたが、紅葉はまだしばらく楽しめそうです。
よかったらぜひ行ってみてください。
前々から狙っていた紅葉ライトアップに合わせていわきへ行ってきました。

まずは夜の下見を兼ねて朝の阿弥陀堂へ。

巨木好きの私にとって、まず目につくのが、いわき市の天然記念物に指定されている大イチョウ。

最近、私のカメラにある機能、「ジオラマモード」にはまってまして(苦笑)、カメラマン気取りでこんな写真を撮ってます。

白水阿弥陀堂は、1160年、夫・岩城則道の菩提を弔うために妻・徳姫が建立したもので、建物自体が国宝に指定されています。
他にもご本尊の木造阿弥陀如来と両脇侍像、そしてその両脇を守る木造持国天立像・多聞天立像のすべて国の重要文化財、庭園含む境域全体が国の史跡に指定されていて、文化財の宝庫となっています。

阿弥陀堂を建立した徳姫は、あの奥州・藤原清衡の娘だそうで、平泉の毛越寺を模したといわれる浄土式庭園もとても美しいです。
(ちなみに白水という地名は平泉の「泉」の字を分解して名付けた、というのが通説になっています)

↑↓これらも「ジオラマモード」撮影したもの。いかがでしょうか??(笑)

そして夜のライトアップまで時間あるので、スパリゾートハワイアンズで、「フラガール」ショーを初鑑賞。






まだまだ時間あるので、これまた有名な巨木、「中釜戸のシダレモミジ」に会いに。
まだ紅葉には少し早いようでしたが、そのぶん空いていてラッキーでした。

いやー、樹幹はねじ曲がり、大きなこぶがそこここにあって迫力満点。
樹齢はわかりませんが、長い年月を生き抜いてきた「オーラ」をまとっていました。

種類はイロハカエデとのことですが、通常イロハカエデはこんなにねじ曲がらず、枝垂れにもなりません。
この樹の形状は突然変異によるものと考えられており、植物形態学的、遺伝学的に貴重であることから国の天然記念物に指定されています。

そして17時、待ちに待った点灯。

写真はイマイチで申し訳ないですが(苦笑)、実際の光景は、それはそれは息をのむ美しさでした。





ライトアップは17日で終了しましたが、紅葉はまだしばらく楽しめそうです。
よかったらぜひ行ってみてください。
今年のお米の食味分析結果 - 2013.11.13 Wed
今年の体験田んぼの「堰沢エコ米」の食味分析結果が出ました。
分析機器、また5つの分析項目の詳細は昨年の記事を参照してください。→こちらをクリック

今年のスコアは「84」
昨年より5ポイント下がったものの、今年も高い数字が出ました。

昨年と比べるとタンパク質とアミロースの値が少し上がっちゃってますね。
単純に私が食べた感覚だと今年の方がおいしいくらいだったので、この差が実際どのくらいのレベルの違いなのか、そして何が原因なのか、ちょっと調べてみたいと思います。
分析機器、また5つの分析項目の詳細は昨年の記事を参照してください。→こちらをクリック

今年のスコアは「84」
昨年より5ポイント下がったものの、今年も高い数字が出ました。

昨年と比べるとタンパク質とアミロースの値が少し上がっちゃってますね。
単純に私が食べた感覚だと今年の方がおいしいくらいだったので、この差が実際どのくらいのレベルの違いなのか、そして何が原因なのか、ちょっと調べてみたいと思います。
山の恵み ナメコ - 2013.11.13 Wed
そばぶち体験&民話昔語り 無事終了しました!&喜多方・夢・アートプロジェクトクロージングパーティー - 2013.11.12 Tue
11月10日に「そばぶち体験&山都昔語り」を行いました。

まずは、普段は公開していない雪室(ゆきむろ)の見学。
雪室には、冷やすための雪を貯蔵する室、そばを貯蔵する室(5℃設定)、野菜等を貯蔵する低温室(0℃設定)、外気に出した時の結露を防ぐため徐々に室温を上げていく温度調整室などがあります。

雪室と普通の冷蔵庫との大きな違いは、冷蔵庫は乾燥が進んでしまうのに対し、雪室は湿度を常に70%あたりで保つことが出来るため、変質を抑えて収穫期のそばに近い風味を保てる利点があります。
実際に品質劣化の指標となる遊離脂肪酸度の増加を比較した実験の結果において、雪室は極めて高い貯蔵効果があることが証明されています。

冷却用の雪を入れる「貯雪室」へ。

今残っているのはこれだけですが、この室に3月上旬ごろに500トンの雪を投入し、送風機によって雪の冷温を各室に送って冷やします。
施設はいたって簡単なシステムで稼動し、電気エネルギーはほとんど使わないため、地球環境にやさしい施設といえますね。

施設のまわりにはこぼれてしまった?そばの実から発芽したものがいっぱい(笑)。

「そばカイワレ」として、サラダ等で食べるとおいしく、老化防止、毛細血管強化、血圧を下げ、血液サラサラといういいことずくめの「ルチン」という成分が実の状態より多いってことで、そのポテンシャルが注目されてきてます。


左が山都在来種、右が「会津のかおり」の玄そば。
写真では違いがわかりづらいかもしれませんが、会津のかおりの方が小さくて黒っぽいようです。


カイワレ栽培用に参加者みんなお土産をいただきました。

玄そばは夾雑物を取り除いたあと、このペラを重ねたものを通して殻をとります。




殻をとったそばの実を粉にする石臼。
機械でありながら、原理はまさに昔ながらの石臼挽き。
ゆっくりじっくり丁寧に挽いていきます。
そのため1日に85kgしか製粉できないそうです。

これが山都のそば粉。
山都ではそばの製粉歩留まりを70%以内と定めているため、色のついた甘皮の部分が含まれず、そば粉が白いのが特徴です。

そしてそば名人によるそば打ちの実演。
上手すぎて結構簡単そうに見えますが、実際は。。。(苦笑)



そしていよいよメインのソバ打ち体験。
粉は山都の新そばです。




私は今回で3回目のそばぶち。
かなりマトモになってきたと思いませんか?(笑)
この勢いで、年末に今年の年越しそばも打っちゃおうかな、なんて。

うちたてをすぐゆでていただき、すぐ食べます。
最高の贅沢です(笑)。


さすが新そば、ほんのりウグイス色してるのわかりますか?

いざ、実食。

このイベントのために天ぷらと名人そばのサービスもしていただきました。
やはり、うちたて、ゆでたて、山都のそば粉100%、先生の上手な指導、いろんな条件が揃うと初心者でも意外と簡単においしいおそばが打てちゃうんですよ~。

そしておなかがいっぱいになったところで、午後は山都民話の会の方々による、山都昔語り。
そば資料館の奥の「ふるさと館」には、「ふれあい座」という、車座になって昔語りを鑑賞できる素晴らしい場所があります。

この日語ってもらった民話は
会津の身不知柿
そばがき
馬方山姥
またがり大根
ばばの乳
出雲の神の縁結び
の6つ。
あいかわらずとっても上手であたたかい語り口で、ほっこりできました。
そしてそば打ち体験とともに、1日会場を提供してくださった「飯豊とそばの里センター」はそばについて何でもわかる「そば資料館」、飯豊山信仰を中心に山都の歴史や文化・飯豊山の自然に触れられる「ふるさと館」と、民俗博物館としてもとても充実した施設です。
今回やったそば打ち体験もいつでも1人から対応してくれるので(基本は要予約ですが、空いていれば当日飛び込みでも可能です)、手軽に山都のそば打ちを体験、賞味できるようになってます。
みなさんのお越しを心からお待ちしてます。
飯豊とそばの里センター
〒969-4143 福島県喜多方市山都町字沢田3077-1
TEL 0241-38-3000
開館時間 9:00~16:30
そば伝承館 10:00~16:00
休館日 月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)
イベント終了後、オプション案内として喜多方・夢・アートプロジェクトの会場巡り。
そして。
夜は、この日最終日を迎えた喜多方・夢・アートプロジェクトのクロージングパーティーに招待していただいたので、お邪魔してきました。

喜多方の全酒蔵の酒が勢ぞろい。

さすがアートの方々の打ち上げ。
料理も、会場もみんなアート。








三層になったようかん。
一層目はセピロマ展、二層目は森ものがたり、三層目はアート暮らしの、今回の夢アートプロジェクトのイメージをようかんにしたそうです。


朝鮮人参を乗せた杏仁豆腐。

朝鮮人参のジンジャーエール。
体にメチャクチャいい感じ(笑)。

パーティー中にいろんな方とまた知り合えました。
呼んでいただいて光栄でした。
こうして忙しい一日が過ぎていきました(笑)。

まずは、普段は公開していない雪室(ゆきむろ)の見学。
雪室には、冷やすための雪を貯蔵する室、そばを貯蔵する室(5℃設定)、野菜等を貯蔵する低温室(0℃設定)、外気に出した時の結露を防ぐため徐々に室温を上げていく温度調整室などがあります。

雪室と普通の冷蔵庫との大きな違いは、冷蔵庫は乾燥が進んでしまうのに対し、雪室は湿度を常に70%あたりで保つことが出来るため、変質を抑えて収穫期のそばに近い風味を保てる利点があります。
実際に品質劣化の指標となる遊離脂肪酸度の増加を比較した実験の結果において、雪室は極めて高い貯蔵効果があることが証明されています。

冷却用の雪を入れる「貯雪室」へ。

今残っているのはこれだけですが、この室に3月上旬ごろに500トンの雪を投入し、送風機によって雪の冷温を各室に送って冷やします。
施設はいたって簡単なシステムで稼動し、電気エネルギーはほとんど使わないため、地球環境にやさしい施設といえますね。

施設のまわりにはこぼれてしまった?そばの実から発芽したものがいっぱい(笑)。

「そばカイワレ」として、サラダ等で食べるとおいしく、老化防止、毛細血管強化、血圧を下げ、血液サラサラといういいことずくめの「ルチン」という成分が実の状態より多いってことで、そのポテンシャルが注目されてきてます。


左が山都在来種、右が「会津のかおり」の玄そば。
写真では違いがわかりづらいかもしれませんが、会津のかおりの方が小さくて黒っぽいようです。


カイワレ栽培用に参加者みんなお土産をいただきました。

玄そばは夾雑物を取り除いたあと、このペラを重ねたものを通して殻をとります。




殻をとったそばの実を粉にする石臼。
機械でありながら、原理はまさに昔ながらの石臼挽き。
ゆっくりじっくり丁寧に挽いていきます。
そのため1日に85kgしか製粉できないそうです。

これが山都のそば粉。
山都ではそばの製粉歩留まりを70%以内と定めているため、色のついた甘皮の部分が含まれず、そば粉が白いのが特徴です。

そしてそば名人によるそば打ちの実演。
上手すぎて結構簡単そうに見えますが、実際は。。。(苦笑)



そしていよいよメインのソバ打ち体験。
粉は山都の新そばです。




私は今回で3回目のそばぶち。
かなりマトモになってきたと思いませんか?(笑)
この勢いで、年末に今年の年越しそばも打っちゃおうかな、なんて。

うちたてをすぐゆでていただき、すぐ食べます。
最高の贅沢です(笑)。


さすが新そば、ほんのりウグイス色してるのわかりますか?

いざ、実食。

このイベントのために天ぷらと名人そばのサービスもしていただきました。
やはり、うちたて、ゆでたて、山都のそば粉100%、先生の上手な指導、いろんな条件が揃うと初心者でも意外と簡単においしいおそばが打てちゃうんですよ~。

そしておなかがいっぱいになったところで、午後は山都民話の会の方々による、山都昔語り。
そば資料館の奥の「ふるさと館」には、「ふれあい座」という、車座になって昔語りを鑑賞できる素晴らしい場所があります。

この日語ってもらった民話は
会津の身不知柿
そばがき
馬方山姥
またがり大根
ばばの乳
出雲の神の縁結び
の6つ。
あいかわらずとっても上手であたたかい語り口で、ほっこりできました。
そしてそば打ち体験とともに、1日会場を提供してくださった「飯豊とそばの里センター」はそばについて何でもわかる「そば資料館」、飯豊山信仰を中心に山都の歴史や文化・飯豊山の自然に触れられる「ふるさと館」と、民俗博物館としてもとても充実した施設です。
今回やったそば打ち体験もいつでも1人から対応してくれるので(基本は要予約ですが、空いていれば当日飛び込みでも可能です)、手軽に山都のそば打ちを体験、賞味できるようになってます。
みなさんのお越しを心からお待ちしてます。
飯豊とそばの里センター
〒969-4143 福島県喜多方市山都町字沢田3077-1
TEL 0241-38-3000
開館時間 9:00~16:30
そば伝承館 10:00~16:00
休館日 月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)
イベント終了後、オプション案内として喜多方・夢・アートプロジェクトの会場巡り。
そして。
夜は、この日最終日を迎えた喜多方・夢・アートプロジェクトのクロージングパーティーに招待していただいたので、お邪魔してきました。

喜多方の全酒蔵の酒が勢ぞろい。

さすがアートの方々の打ち上げ。
料理も、会場もみんなアート。








三層になったようかん。
一層目はセピロマ展、二層目は森ものがたり、三層目はアート暮らしの、今回の夢アートプロジェクトのイメージをようかんにしたそうです。


朝鮮人参を乗せた杏仁豆腐。

朝鮮人参のジンジャーエール。
体にメチャクチャいい感じ(笑)。

パーティー中にいろんな方とまた知り合えました。
呼んでいただいて光栄でした。
こうして忙しい一日が過ぎていきました(笑)。
今朝の雪景色 - 2013.11.12 Tue
第9回 立川ごんぼフェスティバル - 2013.11.11 Mon
会津坂下町立川集落の名産ゴボウ、「立川ごんぼ」の祭りに行ってきました。

会津には、遠い昔から親しまれ栽培されてきた会津古来の在来種、伝統野菜が16種類あります。
そのひとつがこの「立川ごんぼ」。
日本で唯一のアザミ葉ごぼうで、香りが高く肉質が軟らかで食味には定評があります。
私がよく引用する江戸時代に書かれた「新編会津風土記」にも立川ごんぼの記述があり、「香氣ありて美味なり」と書かれています。
連作ができない、普通のごぼうより収量が少ないなどの理由から「立川ごんぼ」をつくっている農家は少なく、地元でもなかなかお目にかかれない「幻の食材」です。
その貴重な立川ごんぼを味わい、入手するチャンス、「立川ごんぼフェスティバル」が毎年開催されています。






立川ごんぼはもちろんのこと、立川の根菜類を惜しみなく投入した贅沢な「ごんぼ汁」が無料でふるまわれます。


私は一番にいただいちゃいました。

ごぼうの出汁がすごくでてて、薄めの味噌がそれを引き立ててる感じでとてもおいしかったです!
おかわりしたいくらいでしたが、長蛇の列ができていたのでググっと我慢(笑)。

これも会津伝統野菜のひとつ「アザキ大根」。山間地に自生する辛口の大根で、これがないと「高遠そば」は成り立ちません(笑)。

今回購入した立川ごんぼはじめ、アザキ大根、イナゴの甘辛煮、金時草などなど。

ウチに戻ってさっそくゴボウ汁を。

とにかく香りが段違いにすごいです。ウチじゅうにごぼうの香りが充満するほどでした。

サクッとスムーズに包丁が入るほど芯まで柔らかです。



おいしくいただきました。

会津には、遠い昔から親しまれ栽培されてきた会津古来の在来種、伝統野菜が16種類あります。
そのひとつがこの「立川ごんぼ」。
日本で唯一のアザミ葉ごぼうで、香りが高く肉質が軟らかで食味には定評があります。
私がよく引用する江戸時代に書かれた「新編会津風土記」にも立川ごんぼの記述があり、「香氣ありて美味なり」と書かれています。
連作ができない、普通のごぼうより収量が少ないなどの理由から「立川ごんぼ」をつくっている農家は少なく、地元でもなかなかお目にかかれない「幻の食材」です。
その貴重な立川ごんぼを味わい、入手するチャンス、「立川ごんぼフェスティバル」が毎年開催されています。






立川ごんぼはもちろんのこと、立川の根菜類を惜しみなく投入した贅沢な「ごんぼ汁」が無料でふるまわれます。


私は一番にいただいちゃいました。

ごぼうの出汁がすごくでてて、薄めの味噌がそれを引き立ててる感じでとてもおいしかったです!
おかわりしたいくらいでしたが、長蛇の列ができていたのでググっと我慢(笑)。

これも会津伝統野菜のひとつ「アザキ大根」。山間地に自生する辛口の大根で、これがないと「高遠そば」は成り立ちません(笑)。

今回購入した立川ごんぼはじめ、アザキ大根、イナゴの甘辛煮、金時草などなど。

ウチに戻ってさっそくゴボウ汁を。

とにかく香りが段違いにすごいです。ウチじゅうにごぼうの香りが充満するほどでした。

サクッとスムーズに包丁が入るほど芯まで柔らかです。



おいしくいただきました。
山都は初雪 - 2013.11.11 Mon
11月10日 民話昔語り 演目決定 - 2013.11.05 Tue
やまもとあまよかしむさんの「くさの王国」 - 2013.11.05 Tue
喜多方・夢・アートプロジェクトの「森ものがたり」。
三十八間蔵で展示を行っている方々の作品は先日載せさせていただいたのですが(こちらをクリック)、山都町の茶房千で展示を行っているやまもとあまむかしむさんから「私のも撮って載せてよ」とプレッシャーをかけられましたので(苦笑)、遅ればせながらご紹介いたします(笑)。




まず興味深かったのが、ひとつひとつ種類の違う草の写真と、それを使った縄の展示。
私は「動物系」はそれなりに詳しいつもりですが、植物は高山植物と巨木ぐらいで、そこらへんに生えてる草はみんな「雑草」扱い(苦笑)。
ちゃんとみればこんなに多くの違う草が身近があるんだ、と。













個人的には実用品ではないけど、お面が大好きです。


この右のなんか、私の部屋の魔除けに置きたいですね(笑)。



そして私も「なわない」再チャレンジ。

どーですか?
3回目、少しはできるようになったと思いませんか?(笑)
ピントが縄にあってないのに他意はありません、念のため。(笑)

新しい出会いがありました。
陸前高田で自然農を営んでおられる方。
和紙に一枚一枚手書きの名刺。しかもその場で書いてくださります。
反対面(表)は個人情報でいっぱいなのでお見せできませんが、裏にはこの「光香(ほのか)」の文字が。
つくっている有機米の名前だそうです。

展示は11月10日まで。
やまもとさんがいれば、いろんな解説付きで作品をみれて、さらにタイミングあえば「なわない」もやらせてもらえるかもです。
お時間がある方、ぜひ山都へお越しください。
展示場所
茶房「千」
喜多方市山都町字木曽525
10:00~18:00
定休日:木曜
0241-38-2272
三十八間蔵で展示を行っている方々の作品は先日載せさせていただいたのですが(こちらをクリック)、山都町の茶房千で展示を行っているやまもとあまむかしむさんから「私のも撮って載せてよ」とプレッシャーをかけられましたので(苦笑)、遅ればせながらご紹介いたします(笑)。




まず興味深かったのが、ひとつひとつ種類の違う草の写真と、それを使った縄の展示。
私は「動物系」はそれなりに詳しいつもりですが、植物は高山植物と巨木ぐらいで、そこらへんに生えてる草はみんな「雑草」扱い(苦笑)。
ちゃんとみればこんなに多くの違う草が身近があるんだ、と。













個人的には実用品ではないけど、お面が大好きです。


この右のなんか、私の部屋の魔除けに置きたいですね(笑)。



そして私も「なわない」再チャレンジ。

どーですか?
3回目、少しはできるようになったと思いませんか?(笑)
ピントが縄にあってないのに他意はありません、念のため。(笑)

新しい出会いがありました。
陸前高田で自然農を営んでおられる方。
和紙に一枚一枚手書きの名刺。しかもその場で書いてくださります。
反対面(表)は個人情報でいっぱいなのでお見せできませんが、裏にはこの「光香(ほのか)」の文字が。
つくっている有機米の名前だそうです。

展示は11月10日まで。
やまもとさんがいれば、いろんな解説付きで作品をみれて、さらにタイミングあえば「なわない」もやらせてもらえるかもです。
お時間がある方、ぜひ山都へお越しください。
展示場所
茶房「千」
喜多方市山都町字木曽525
10:00~18:00
定休日:木曜
0241-38-2272
そば伝承館 新メニュー - 2013.11.01 Fri
山都・そば伝承館はそばはもちろんのこと、天ぷらもおいしいとご好評いただいていました。
今週はじめから新たに新メニュー、「天丼」がリリースされたので、(今までなぜ天丼がなかったのか不思議ですが(笑))さっそく味わいに行ってきました。

マイタケのおつゆもついて950円。

あげたてサクサクでおいしかったです。


もちろん今は新そばシーズン。

食いしん坊の私は両方普通サイズで天丼とそばを頼みましたが(苦笑)、新そばとミニ天丼のセット(1200円)もございます。
詳しくは「いいでとそばの里」HP→こちらをクリック
紅葉が深まりつつある山都へ、新そばを味わいにぜひお越しください。
今週はじめから新たに新メニュー、「天丼」がリリースされたので、(今までなぜ天丼がなかったのか不思議ですが(笑))さっそく味わいに行ってきました。

マイタケのおつゆもついて950円。

あげたてサクサクでおいしかったです。


もちろん今は新そばシーズン。

食いしん坊の私は両方普通サイズで天丼とそばを頼みましたが(苦笑)、新そばとミニ天丼のセット(1200円)もございます。
詳しくは「いいでとそばの里」HP→こちらをクリック
紅葉が深まりつつある山都へ、新そばを味わいにぜひお越しください。