topimage

2015-03

4月のイベント情報 - 2015.03.23 Mon

4月のイベント情報をお知らせします!

4月は新規事業の「鏡桜と花見ウォーク事業」が開催されます!

中身は、「鏡桜ライトアップ」と「棚田の桜ウォーク」の2つのイベントです!

棚田の桜ウォークは先着300名様限定となっておりますので、お早めに申し込みください!

詳しくは下記リンクをご覧ください!

鏡桜ライトアップ

棚田の桜ウォーク



ごあいさつ。 - 2015.03.16 Mon

私事で恐縮ですが、平成24年4月から3年、山都地区グリーン・ツーリズム推進協議会でイベント企画運営を担当させていただいた私堀口は、3月20日をもって辞めることとなりました。

イベントにご参加いただいた皆様、そして当ブログを読んでくださっていた皆様に、厚く御礼申し上げます。

思えばやりがいのある仕事に恵まれ、あっという間の3年間でした。

今までいろいろ発信してきましたが、山都は本当に魅力的な場所です。
お米がおいしいです。
アスパラがおいしいです。
山都そばは絶品です。
ラーメンも「実は」おいしいです。
山菜、キノコが豊富です。
飯豊山はじめ、自然が豊かです。
いにしえの道、道端の文化財が残っています。
様々な昔ながらの風習、祭りが残っています。
やさしくて、あったかくて、楽しい方々がいっぱいおられます。

私の書く記事はこれにて最後とさせていただきますが、このブログは後任が引き継いで山都の情報を引き続き発信していってくれると思います。
山都G.T.のこと、今後とも一層ご愛顧のほどよろしくお願い申しあげます。

ありがとうございました。

小栗上野介と、喜多方に散ったその家臣 - 2015.03.10 Tue

幕末の偉人に、小栗上野介忠順(おぐりこうずけのすけただまさ)という方がいます。
沈みゆく幕府に最後まで忠義を尽くし、かつ国の行く末をしっかりみつめて動こうとした人です。

小栗公は鳥羽伏見の戦いののち、旧権田村の東善寺へひっこみ、農業や塾などをやって平穏な生活をしていたそうですが、そこへ、西軍がやってきて「罪なくして斬首」されました。

では生前の小栗公がどんなことをやった、またはやろうとしていたかというと。。。。

・開国以来不平等な為替レートで、日本の金がどんどん外国に流失していました。小栗公はアメリカに渡り、一歩も引かずに為替レートの改正に成功しました。

・世界を見てきた小栗公は海軍力を強めないと日本は滅びる、と、横須賀に造船所を建設。小栗公の死の37年後、日露戦争でバルチック艦隊を破った東郷平八郎に「勝利することができたのは小栗のおかげ」と言わしめたのでした。

・倹約令はもちろん、仕事をしない幕臣の給料を大幅カットしたり、賄賂を禁止したり、幕府の内部改革を断行しました。

・小栗公は「鉄道建設計画」「郵便・電信事業の提案」「新聞発行計画」「ガス灯設置」「中央銀行の設立計画」など様々なことを進めようとしていました。これらはのちの明治政府が実現してますが、それは小栗公のアイデアだったので、まさに日本近代化の基礎を築いたのが小栗公といえます。その証拠にあの大隈重信も「明治政府の近代化政策は、小栗忠順の模倣にすぎない」と語っています(出が薩長じゃないから本音を言えたんですかね?(笑))。
ちなみに作家司馬遼太郎も小栗公のことを「明治の父」と呼んでます。

ほかにも日本初の本格的ホテル建設とか、軍事面でフランスとの関係強化とかあげだすときりがないくらい素晴らしい施策を断行しています。

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小栗公が最晩年に過ごした群馬県の榛名湖の西、高崎から草津温泉への道の途中にある旧権田村「東善寺」。
その境内に小栗公は眠っています。

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境内に小栗上野介遺品館があります。

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館内はゆかりの品々、写真でいっぱい。

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小栗公が西軍に処刑される直前、河原まで運ばれるときに乗ったという駕篭。
斬首のあと、河原にそのまま捨て去られていたので、「捨て駕篭」と呼ばれているそうです。

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小栗公愛用の望遠鏡

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小栗上野介忠順胸像

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のちほど詳しく書きますが、喜多方で戦死した塚越富五郎(右)と佐藤銀十郎(左)の墓。

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階段を上っていくと小栗公の墓がありお参りさせていただきました。

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遺品館とは別に、本堂内にも小栗公関連の展示がいっぱい。

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アメリカの製鉄所を見学した小栗公が、その技術力の違いをまざまざと見せつけられ、それに追いつくために見本として持ち帰ったネジ。おおげさに言えばこのネジ一本から日本海海戦の勝利への道がはじまった、ということですね。


と、ここまでは以前私が群馬県高崎市にある小栗公の墓前へ参拝したときの写真ですが、ここからが本題。
小栗公の死後、小栗公の妻と子を護衛して群馬を発ち、会津まで脱出、その後会津軍に合流して西軍と戦い、喜多方で戦死した二人の若者についてです。

それは
塚越富五郎
佐藤銀十郎

の二人です。
(このとき塚越23歳、佐藤21歳。)

小栗公の妻と子は中島三左衛門や池田伝らが護衛、この塚越と佐藤らは、会津藩朱雀士中四番隊に合流し、町野源之助(主水)の指揮下・付属誠志隊(つまり会津藩士以外の「誠の志」ある隊士の部隊)に入って、主君の仇を討つため西軍と戦います。

以前このブログ、越後街道ウォークその2でも触れましたが、越後口で戦っていた会津軍は、東の母成峠、南の白河口が破られ、若松城下が危うくなったのを受け、越後口津川から撤退しました。
そして下野尻(西会津町)、坂下、そして高久まで戻ってきたものの、すでに城は西軍に囲まれていて入れず、反転して途中で戦うこととなります。
(余談ですが朱雀市中四番隊が高久に着くのが8月27日、これは中野竹子が同じく高久を発ち涙橋近くで戦死した2日後となっています。)

朱雀市中四番中隊、付属隊、結義隊、砲撃隊は、翌日坂下、そして舟渡から阿賀川を渡り、山都の舘ノ原へ。
29日、高郷の西海枝(さいかち)に隊の本部を置き、そして運命の8月31日。。。

付属隊は西海枝よりも阿賀川下流に位置する渡舟場、現在の喜多方市高郷町、一竿(ひとさお)の防備へ。
そこで塚越富五郎が対岸(左岸)に敵兵を発見。銃撃戦に。
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これは左岸側から付属隊がいた右岸方面を見た写真。
今は下流にダムができたため、川幅が広く見えますが、当時は急流で、竹竿一本で届くくらい川幅も狭かったため、「一竿」という地名がついているのだそうです。
そしてこの銃撃戦の末、塚越富五郎は胸に被弾、戦死。
享年23歳。

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この事実がはっきりしたのは昭和63年で、遺族や地元の方々のご尽力により、平成元年に慰霊碑が建てられました。

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この一竿の左岸側には、わかりずらいかもしれませんが、写真右手前の四角い穴、戊辰戦争時、西軍の侵攻を阻むために会津軍がつくった門の柱穴の名残が今もあり、「カンモン」と呼ばれています。

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そしてもう一人、小栗公の家臣
佐藤銀十郎

佐藤銀十郎は、前述の東善寺のある旧権田村出身、若くして江戸の小栗屋敷に呼ばれ、その間築地にある幕府のフランス式陸軍歩兵訓練所で鍛えられ、銃の名手とうたわれるほどの腕前となったそうです。
またフランス兵法にも精通し、戦闘においては町野源之助の信頼厚く、参謀役をつとめたとか。

山都で戦い徐々に後退、あの山都G.T.イベントでも歩いた雙座松峠を越えて喜多方・小荒井に入った朱雀市中四番隊、付属隊や朱雀寄合二番隊などは、さらに東の米沢街道の要衝、熊倉まで退き、旧豊芦村(現喜多方市関柴町中里)で、侵攻してくる西軍を待ち伏せしました。
必ず西軍は熊倉へ進んでくると予想し、この戦法を進言したのが佐藤銀十郎だったとのことです。

そして9月11日、油断して進んできた西軍に一斉射撃、大打撃を与えました。

そのとき戦死した西軍・松代藩士の墓が、戦場となった関柴町中里にあります。
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この熊倉の戦いが、戊辰の役唯一の会津軍の勝ち戦だったといわれています。
しかし、獅子奮迅の活躍をした佐藤銀十郎は、この戦いのさなか被弾、壮烈な戦死を遂げました。
享年21歳。
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佐藤銀十郎は、熊倉の光明寺杉ノ下墓地に眠っています。

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右の大きいお墓はこのあと触れますが、中根米七のもの。佐藤銀十郎の墓はそのとなり、写真中央のものです。

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本国上野
 佐藤銀十郎信一墓 

右側面には明治元戊辰年、左には九月十一日行年二十一の文字が。亡くなって10日後にすぐ建てられたんですね。
ちなみに、佐藤銀十郎に対し、その銃の腕そして優れた戦術家として厚い信頼を置いていた朱雀市中四番隊隊長町野源之助の手によって建てられたといわれています。

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中根米七
会津藩士で、太子流師範という剣客。

旧会津藩士の永岡久茂や高津仲三郎らとともに、萩の乱などに呼応して挙兵、千葉県庁を襲撃する計画をたてていたところ、明治9年10月29日、東京の「思案橋」のたもとにて、不審に思った船の船頭の通報によって駆けつけた警官4名と斬り合いになり、2人の警官が死亡、1人警官重傷の犠牲を出し、 挙兵としては未遂として終わった世に言う「思案橋事件」に関わりました。
関わったほとんどの者はつかまり、獄死または死刑や懲役刑となりましたが、中根米七だけは逃亡し、指名手配されてもつかまらず、密かに会津に戻りました(その間、西南の役では西郷隆盛側について戦ったとか)。
しかし、もはや逃れられない状況と、中根の捜索をしているのが旧友と知り、これ以上の逃亡を断念、かつてともに戦って戦死した佐藤銀十郎の墓前、つまりこの場所で自刃、壮烈な最期を遂げました。
割腹したのちにのどを突き、短刀の先が2寸(6㎝くらい)も突き出たまま果てた姿で発見されたそうです。
享年60歳。

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遠く上州(今の群馬県)から脱出し、罪なくして殺された主君・小栗上野介忠順公の仇を討つために会津藩とともに西軍と戦い、ここ喜多方の地に散った若者二人。
そしてその8年後、その戦友の墓前で自刃した会津藩士。

地元の人にすらあまり知られず、ひっそりとしていますが、戊辰の役の際、喜多方のこんな近い場所で激しい戦闘が行われ、多くの貴い命が散っていったんですよね。


明治17(1884)年、白虎隊の墓前祭の時に松平容保公が詠まれた弔歌。

幾人の 涙は石に そそぐとも
      その名は世々に 朽じとぞ思う


このお言葉はおそらく白虎隊のみならず、戊辰の役で散っていった全ての人たちに向けて発せられたものだと私は思います。

ガイドブックにはあまり載っていないかもしれませんが、ラーメン食べに喜多方へ来られた時、蔵めぐりとともによかったら郊外まで足をのばしてみてください。


三島町高清水地区の伝統行事 「雛流し」 - 2015.03.04 Wed

毎年3月4日に、三島町の高清水地区において「雛流し」という県の重要無形民俗文化財に指定されている伝統行事が行われます。
今回初めてそれを見ることができました。


雛流しは女性のいる家庭だけ、家族の女性の数(嫁いだりして今高清水に住んでいなくても数に入れるそうです)だけ3月2日に紙雛をつくって、二日飾ったのち、3月4日に地区の男の子が新しい木箱を持って各戸を回って紙雛を回収し、只見川に流す、という行事です。

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最初に見せていただいた方の紙雛は、千代紙を使用してこれ自体が優れた工芸品ともいれる美しいものでした。
たった2日で川に流しちゃうなんてなんだかもったいないような(苦笑)。

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髪結いの形もしっかり表現されています。

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一軒一軒紙雛を集める男の子が来ました。

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基本的に部外者は私くらいしかいないようでしたが、TVや新聞社はすごい数きてました。

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興味深いのは、紙雛の色や形は各戸でかなり違って個性的なこと。

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こちらの方のものは3代にわけてつくってあるそうです。

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そして、実際に雛流しを行う場所へ。
かつては地区の近くだったそうですが、ダムができて流せなくなったので、今は少し離れた只見川と大谷川の合流地点あたりで行っています。
以前来たこともある源泉かけ流しの温泉宿「栄光館」の裏手から川へ。
見事に除雪されているなあと一瞬思ったのですが、、、

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それもそのはず、常に温泉が流れているのだから、排水溝の周りに雪がないのは当然といえば当然ですね。

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そしていよいよ祈りを込めて紙雛を流す瞬間。

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紙雛が身代わりとなって、人間の穢れをまとって只見川を流れていきます。
これが紀州の神社へ流れ着き、願いをかなえてくれるとか。

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この「流し雛」の風習が残っているのは、ここ高清水地区が東日本では唯一だとか。
いつもこの言葉でしめることになってしまうのですが(苦笑)、この貴重な伝統行事、ずっとずっと後世まで受け継いでいってほしいなと思います。


雑穀おむすびの結その7 ワカサギ釣り&みそづくり (2日目) - 2015.03.04 Wed

雑穀おむすびの結その7ファイナル 2日目の模様です。
この日はメインのみそづくり。
大豆はおむすびの結で収穫したものを使用、それを煮るのとゆでるの2つ行い、それぞれに米麹、そして麦麹を混ぜる、計4種類の味噌をつくります。

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この朝から参加の方も合流し、さらににぎやかに。

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煮る方は前日浸けていた鍋へそのまま点火。
弱火でじっくり5時間くらい煮ます。

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蒸す方は水を切り、木枠へセット。

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下の鍋に水を張り、点火。
蒸す方は、煮るよりさらに時間が必要です。

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セットが終わると、当分は空焚きにならないよう火の番をする程度で時間があきます。
その間に、みそについてのレクチャーや、この朝からの参加者がいるのであらためてみんな自己紹介。

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その後、みんなで昼食準備開始。

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餅つき用のもち米も、木枠に入れてセット。

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麦麹。

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梅干しつくりのときにご紹介しましたが、塩にもこだわります。

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そして、収穫祭のときもやった、餅つき開始。

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さてさて出来栄えは???

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おむすびは、梅干し、くるみみそ、ミックスナッツみその3種類。
お米はもちろん、おむすびの結でとれたイセヒカリです。

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おむすびの結で漬けた梅干しは最高。
けんちん汁は大根、にんじん、ごぼう、さといも、こんにゃく、れんこん、まいたけ、ねぎ、たまねぎなどがたっぷり。

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昼食が終わると、いよいよ大豆と麹、塩をあわせます。

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煮た(蒸した)大豆は、さきほど餅つきでつかった臼と杵でつぶしていきます。

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それをみんなでさらに丁寧につぶしていき、、、

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それにあらかじめ量っておいた塩と麹をまんべんなく混ぜていきます。
これを、煮た大豆×米麹、煮た大豆×麦麹、蒸した大豆×麦麹、蒸した大豆×米麹の計4回行いました。

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すいません、本来なら写真撮影に専念するのですが、時間がおして、後半から大豆の計量とつぶし、そして片付けを私もやってしまったので、みなさん、思い思いにタッパにつめこむ写真や、最後の集合写真を撮るのを逃してしまいました(苦笑)。


まあ、なにはともあれ、無事イベント終了。
雑穀おむすびの結全7回、のべ81名もの方々にご参加いただきました。
このおむすびの結で知り合って交流がはじまった方もいらっしゃいます。

雑穀王子のひととなりにはまった人。
雑穀のヘルシーさにはまった人。
雑穀料理の味にはまった人。
雑穀料理の作り方にはまった人。
農業で汗をかく爽快感にはまった人。
自分らが食べているものがどのようにつくられ、どのような手間がかかっているかを学んで、「食」をみつめなおすきっかけになった人。

みんなで協力して、みんなで収穫を味わい、喜び合う。
至ってシンプルだけど、大げさに言わせてもらえば「生きることの原点」を学んだシリーズだったと思います。

雑穀王子こと浅野氏。
裏方で支えてくれたスタッフ。
参加者のみなさん。

「結」に関わったすべての方々に感謝いたします。

ありがとうございました!


雑穀おむすびの結その7 ワカサギ釣り&みそづくり (1日目) - 2015.03.03 Tue

ついに雑穀おむすびの結シリーズも第7回、最終回を迎えました。
メインはみそづくり。
また、農業体験のみでなく、毎回ひとつ参加者に違った体験をしてもらえるようプログラムに趣向を凝らしてきましたが、最終回は今が氷上シーズンの裏磐梯桧原湖のワカサギ釣り体験を。

参加者のほとんどが初心者で、道具も持ってないので、今回は「アウトドアスポーツクラブ バックス」さんの手ぶらで行けるおまかせコースにお世話になりました。 詳しくは→こちらをクリック

まずは駐車場からスノーモービルで湖上の小屋まで送迎してもらいます。

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おまかせパックなので、すでに電動リールが準備されています。

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まずはスタッフの方から、電動リールの使い方のレクチャー。

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エサは紅サシです。

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この日はちょっと食いが渋い感じでしたが、みなさん限られた時間の中で、しっかり釣り上げていました。

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ひとり雑穀王子、苦戦。
アタリはあるものの、やさしいソフトなアワセが災いし、うまく針掛りしません。

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なんとか釣り上げ、満面の笑顔。最後の方ではコツをわかってきたようでした。

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体験コースは2時間で終了。みなさんもっとやりたかったようですが、それはまたいつかあらためて私がご案内します(笑)。

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せっかく裏磐梯に来ているので、名物「会津山塩ラーメン」を食べに、「しおや」へ。

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みなさんへのオススメはもちろん「会津山塩ラーメン」。

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あまのじゃくな私はひとり味噌ラーメンを(笑)。これも美味。

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そして宿泊地、山都の黒森山荘へ戻る途中、明日のみそづくりの会場となる旧熱塩加納村にある創作塾夢の森へ。

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みそづくりに使う大豆は、今回の雑穀おむすびの結でつくったもの。
夾雑物や虫に食われたものなどをまず取り除きます。

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その後水洗い。

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で、大なべに移し、水を入れます。

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こうして一晩、浸しておきます。

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蒸す用の大豆も同様に一晩浸けておきます。


そしていいでのゆでお風呂に入って、黒森山荘へ。
ここからの参加者も合流、宴の準備。
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今日釣ったワカサギも宴の重要な食材のひとつ。

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軽く塩をふって炭火で焼くのが桧原ワカサギのおいしい食べ方です(1日くらい干すとなおいいです)。

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この日のメニュー。
左から
モチキビポテトのコロッケ
板麩と野菜のしょうが焼き
小松菜の胡麻和え(真ん中上)
ヒエとモチアワのコロッケ(写真右端)
などなど。

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ワカサギ釣りでお世話になったバックスさんのご厚意で帰りにいただいた冷凍ワカサギはフライに。

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もはや定番中の定番、玄米粉甘酒カレー、ミニトマトソース入り。

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デザートはアップルポテトパイ。甘酒豆腐クリームつき。

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そして、今回の雑穀おむすびの結シリーズのチラシデザインを担当してくれたaikoさんから、雑穀王子浅野氏に、全チラシの原画贈呈。

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続いて、石川県から7回すべて参加の三澤さんから、額入り手作りフォト集の贈呈。

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見事に名場面をまとめてくれて、これ見るとこの1年の活動が懐かしさとともに甦ってきます。
いいイベントだったなとしみじみ。

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浅野氏から、この1年の収穫物、みんなでつくったものの「おすそわけ」。

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まさに「結」を実感する瞬間ですね。

宴はその後も続き、いつもの午前2時3時コースほどではなかったものの、気が付くと日付はしっかり翌日になっていたのでした(苦笑)。


2日目、みそづくりに続きます~。

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