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2018-06

会津史学会 春の巡検に参加してきました - 2013.06.13 Thu

来月の第3回会津発見塾の講師予定の佐藤先生からのお誘いで、先生の所属する会津史学会の春の文化財巡り奥州合戦の地「阿津賀志山の防塁と佐藤氏縁の寺を訪ねる」に、会津発見塾の下見を兼ねて参加してきました。

高速に乗って、福島県中通りの一番北、宮城県境にある国見町へ。

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まずは防塁跡へ。
文治5年(1189年)、源頼朝率いる鎌倉軍は奥州藤原氏を攻めるため古代の奥州街道を北上、それを迎え撃つ藤原国衡率いる平泉軍が侵攻を阻止するためにここ国見町に長大な防塁を築きました。
その遺構が今も残っています。

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まずは石母田地区に残る防塁跡へ。
写真中央奥の阿津賀志山中腹から、南は阿武隈川まで、総延長3.2㎞もの長大な防塁です。

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実際はもっと深かったようですが、今でもしっかりみてとれる800年以上前の遺構がこんなにきれいにそれも長~く残ってるのは驚きでした。
平泉軍はこの長大な防塁をほんの数か月でつくってしまった、というのも二重の驚きです。

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文治5年(1189)8月、源頼朝が国見に着き、防塁をめぐる激しい戦いが始まりました。
この阿津賀志山防塁陥落後は、奥州藤原氏滅亡までこれに匹敵する戦いはなく、この国見での戦いが奥州合戦最大の「天下分け目」の戦いだったといえます。

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防塁の近くにある「義経の腰掛松」。
義経が平泉に行く途中、この松の木に腰掛けて休んだと伝わる赤松の名木です。
すでに何代か変わってるようで、過去の枯れた木は建屋の中に置かれていました。現在の木も樹勢の衰えが激しいようでちょっと心配です。

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旧奥州道中は線路や高速で寸断されていますが、険阻な山坂として知られている国見峠の長坂跡への道は往時の雰囲気が残ってました。

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ここは芭蕉も通っていて、「奥の細道」に記した「気力聊かとり直し、路縦横に踏んで伊達の大木戸をこす」と刻んだ文学碑がありました。

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その後、防塁の南のはじっこ側の下二重堀地区へ。ちょっと写真ではわかりづらいかもしれませんが、二重の防塁がきれいに残っていました。写真右奥が阿津賀志山です。あの山からここまでずっと防塁が続いていたんですね。

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断片的に確認されている防塁は、一番南の方では直線でつながらず、県道320号あたりでカーブしていることが予想され、その確認のため何箇所かで発掘調査中でした。
国見町の方の解説で見学させていただきました。

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奥に阿津賀志山。ここで写真右方向へ防塁がカーブしているんじゃないかと予測しての発掘です。
しかし、結果は。。。。

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なんと防塁ではなく、出てきたのは縄文時代の住居跡とのこと。

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素人の私にはどのあたりが「縄文時代住居跡」なのかさっぱりわかりませんでしたが(苦笑)、解説によると土の色が赤くなっている箇所が火をたいた跡だそうで、その辺からわかるそうです。

ただ、縄文時代の遺跡が残っているということは、同時に防塁の位置はここじゃないということの証明でもあるわけですね。

また、この巡検は6月6日に行ったのですが、その時は秘密だったのかその後みつかったのか、今日付(6/13)
の新聞に「防塁発見」の記事が出ていました。

福島民報の「阿津賀志山防塁に新たな堀跡 国見町教委発表」記事は→こちらをクリック

福島民友の「土塁つなぐルート確認 国見・阿津賀志山防塁を調査」記事は→こちらをクリック


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その後、観音寺へ。

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ここには、会津藩士の墓がありました。

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大竹喜三郎有雄氏。
会津藩校で神道学を教えていた師範で、戊辰の役後は仙台→函館へ移り再起を目指したけれど、望郷の念、そして会津の人々のその後を案じ、会津へ戻ることを決意。
しかしその途中、この国見のあたりで行き倒れ、この寺の和尚に助けられてそのままこの地で村塾を開いて神道学を説きながら天寿をまっとうしたとのことです。

私も線香をあげさせていただきました。

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国指定史跡、「石母田供養石塔」。

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1308年作と彫られている東北でも初期の板碑だそうで、梵字だけはみてとれましたが、実際はさらに漢字で功徳文が書かれているとか。
元の帰化僧・一山一寧が書いたもので、鎌倉時代における禅宗と密教の関係を知るうえで貴重なものとされているそうです。

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そして阿津賀志山の展望台へ。
ほとんど頂上付近まで車で行けて、少しだけ歩くと立派な展望台がありました。

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まさに「つわものどもが夢の跡」。
「国見」という地名の意味がわかる気がします。

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そして国見町をあとにし、飯坂にある医王寺へ。

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ここは前述の阿津賀志山合戦で戦死した佐藤基治、そしてその息子の有名な佐藤継信・忠信兄弟の菩提寺です。

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巨木マニアの私の目にすぐはいってきたのは、門右側のシラカシの巨木。
樹齢は約400年、本堂再建時に植えられた、とあります。
関東以南ではシラカシの巨木・老木は結構ありますが、寒い東北ではこれほどの大きなシラカシは珍しいですね。

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本堂内には佐藤一族の位牌殿が。

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右側には継信の奥方「若桜」の人形。

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一族の位牌を祀る内殿。

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左側には忠信の奥方「楓」の人形。

なぜ奥方たちが武将の恰好を?

ご存知の方も多いかと思いますが、兄継信は屋島の合戦で義経の盾となって戦死、弟忠信は追われる身となった義経を逃がすため身代わりとなって戦死。
わが子二人を失った母乙和御前の悲しみはとても大きなもので、継信忠信の奥方たちは兄弟の武将の装いをして姑を激励したそうです。

その姿を称えた人形が本堂にまつられているというわけです。

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本堂の奥は普段立ち入り禁止となっていますが、この日は特別に。
義経お手植えと伝わる「虎尾の松」。
残念ながら樹勢の衰え著しく、切り倒されてしまっていますが、相当な巨木ですね。

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これはその「虎尾の松」の枝だそうですが、枝で年輪が225年!

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まつぼっくりもデカいです。

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芭蕉も奥の細道の行脚で当寺を訪れていて、
「笈(おい)も太刀(たち)も  五月(さつき)にかざれ 紙幟(かみのぼり)」
と詠んでいます。

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杉の巨木の参道も含めた「医王寺の緑」は「ふくしま緑の百景」にも選ばれています。

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その杉の道を進んでいくと奥の院薬師堂。
「鯖野のお薬師さま」と呼ばれ親しまれているようです。

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薬師堂の奥にある「乙和の椿」。
この椿の古木は、前述の乙和御前の悲しみ、母情が乗り移ったのか、つぼみのままで咲かずに落ちてしまうそうです。

咲かで落つ 椿よ西の 空かなし      黙翁

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佐藤忠信・継信兄弟の墓。

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大きくえぐれているのは、「粉にして飲むと体が強くなる」という言い伝えにより、皆が削って薬として利用したからとか。
そういえば磐梯町の徳一の墓も同様ですね。

また、撮影禁止だったので写真はありませんが、医王寺には宝物殿があり、武蔵坊弁慶の「笈」(県重要文化財)とされるものや、伝継信所用とされる「鞍」(市重要文化財)、屋島の戦いで継信をつらぬいた矢じりなど、興味深い品々でいっぱいでした。

7月の会津発見塾では佐藤先生と相談して、この日のルートを少しアレンジして名水や羽州街道の宿場とかを入れたいですね、と話しました。

会津史学会の方々には大変お世話になりました。

今回私も史学会に入会し、末席に加えていただくことになりました。さらに深い会津史を勉強できること、とても楽しみです。
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