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2018-04

下柴彼岸獅子 - 2013.07.07 Sun

今日は大滝トレッキング、無事終了しました。
その報告は明日以降書きます。

実は今夜の大河ドラマの放送が終わったら書こうと思って下書きしていた話があります。
それは「会津の彼岸獅子」について。
智将山川大蔵が用いた奇策、小松彼岸獅子で敵の目を欺いての入城シーン。

山川大蔵が危険な任務を頼んだのは「小松」の彼岸獅子で、会津にはこの小松を含め、30くらい彼岸獅子があるそうですが、そのルーツとなったのは今私が住んでいる「下柴」の彼岸獅子であるということを聞き、以前結構調べたので、それを少しご紹介したいと思います。

(参考文献:天寧獅子舞考、喜多方市史8、会津若松市史21、会津大事典、会津文化史、新編会津風土記、福島県風土記、天下鹿殿舞縁起、会津若松市文化財調査報告書第39号)

ちなみに大河ドラマにでた小松彼岸獅子は起源が1801年。
しかし下柴はそれよりも200年以上古く、天正2年(1574年)疫病が流行したときに、悪疫退散を祈願して獅子舞を演じたところ、見事悪疫は退散し、それ以来彼岸のときに7日間獅子舞を演じるようになった、と伝わってます。
しかし実は由来はさらにもっと古く、天喜4年(1056年)、源頼義が安倍氏を征伐するとき(いわゆる前九年の役)に兵士の士気を鼓舞するために獅子舞を演じさせたことに由来している、との文献もありました。

獅子は毎年春の彼岸の3月18日から24日まで地元以外の集落や喜多方市街の主な家を巡って舞います。
主に無病息災、五穀豊穣を祈って舞うのですが、現代の各地の獅子舞が祈る「交通安全」だけは唱えないそうです。戦国時代に「交通安全」は縁がなかったはずだから、と(笑)。

また、下柴に残る多くの文書には、たとえば享保9年(1724年)に会津郡天寧村(会津若松市天寧)の人が下柴の人に獅子舞を習い受けることを願い出ると同時に、巻物は他に見せたり他言することは決してしない旨を記したものや、河沼郡郡山村(河東町)が明和5年(1768年)に、上荒久田村と滝沢村が寛政9年(1797年)に、さらに羽州米沢梓山上組(山形県米沢市)が文政11年(1828年)に、それぞれ伝授されたことを示すものもあります。
下柴は会津地方における彼岸獅子の祖として重要な役割を果たしていたわけです。

現在、下柴から伝わったといわれている彼岸獅子は会津で30くらいあるそうですが、下柴がもっとも古い歴史を持ち、所作にも古風をよく残しているため、彼岸獅子としては唯一福島県の重要無形民俗文化財の指定を受けていて、4年位前かな、ユネスコよりユネスコ地域文化功労賞も受賞しています。
こんな片田舎に、日本、いや世界に誇れるものが残っていたんですね~(笑)。

興味深い話としては、
喜多方市街地では、市内松山町中村の彼岸獅子と縄張り争いがあって、下柴は田付川の東側、中村は西側と分けている。 とか、
舞は獅子3名(太夫獅子、雌獅子、雄獅子)と幣舞小僧1名によって行われるのですが、獅子は古くから演じるのは長男だけに許されていて、おおよそ各獅子ごとに舞う家が代々決まっていること。
(長男に限ったのは舞がほかに伝わると、霊力が弱まると考えられていたためとか)などがありますね。

2年前の秋、地元の公民館で披露されたとき収録した映像があるので以下に紹介します。
下柴彼岸獅子には12もの種目があるのですが、この日披露されたのはそのうちの4つでした。

まずは「山おろし」という種目。
ちょっと長いですがじっくりどうぞ。


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「山おろし」は3人舞で、縦または横一列に並んで舞います。

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囃子方は笛と締太鼓で、それぞれ4名。あと歌い手、弓持ち、棒持ちなどがつきます。

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歌は12種目の中で、この「山おろし」と「弓舞」のふたつのみに入るそうですが、興味深いのは、舞もそうですが、歌も他人に覚えられないように不明瞭に歌うのが習わしだとか。
これも長男のみ舞うことができる習わしと同様、他に伝わると霊力が弱まると信じられてきたことによるとか。

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ちなみにこの獅子のたてがみは、本物のカラスの羽からつくられていて、獅子頭は桐の箱に入れられずっと大切に保管されているものの、たまに新調するときは周辺のカラスの数が激減するとか(苦笑)。
また、「着物」と呼ばれる背に鳳凰を染めた上衣はこの日新調したばかりだそうで、なんと1着20万もするそうです。

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そしてこれが「庭入り」という種目。
縦一列で舞います。


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続いて「棒舞雌」。
基本的に雌獅子一人の舞で、雌獅子は棒に近づいては離れ、最後に棒を背にして1回転します。




これは人気高い「幣舞」。
最初雄獅子の一人舞で、途中からかわいい幣舞小僧が幣束と鈴を二組持って出て一組を渡し、共に舞います。






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ちなみにこのかわいい幣舞小僧は雄獅子を舞ってる人の長男。雄獅子は団長の長男。親子3代で下柴彼岸獅子を担っているわけですね。
幣舞小僧君も20年後くらいには雄獅子を舞っていることでしょう。

ここ下柴に、北斗神拳ばりの一子相伝の世界がいまだにある、というわけですね(笑)。

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しかし、今まで440年順調に受け継がれてきたわけではなく、戊辰戦争で由来書や獅子頭などを焼失してしまったり、明治18年にはかつて伝えた天寧から逆伝授を受けた、とか、その天寧も下柴に逆伝授したものの天寧自身復活することがなく、その後しばらくして村に流行病が発生し、古老たちがその原因は獅子舞をやらないからだとして、大正12年になって再び獅子舞を復活することになったりとか、彼岸獅子は波乱の歴史を歩んできた記録が多くあります。

2年前の彼岸はまさにあの震災直後。 まだライフラインの復旧すらままならない時期だっただけに中止も議論されたそうですが、そんなときだからこそと、例年以上に気持ちを込めて練り歩いたそうです。

この日一緒に行ったおじいちゃんは久々の彼岸獅子に終始大粒の涙を流して観ていました。
今は保存会もあり、伝統の継承に頑張ってくれてるようですが、私はこういったものは本当に「日本」として「日本人」として最も大切なものだと、海外生活の2年間でつくづく感じているので、これからもしっかり守っていってもらいたいし、私にできることあれば微力ながら協力していきたいな、と思います。         
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