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2017-11

「我ら!白虎隊ウォーク」 白虎隊士がくぐった洞門を歩いてきました - 2013.09.27 Fri

今週は、めったにない出張とかあって(苦笑)ブログ滞ってますが、書きたいことはいっぱいありまして。。。
ちょっと話は前後するかもしれませんが、まずは24日に参加した「洞門くぐり」と「白虎隊慰霊祭」について書いてみます。

洞門くぐりのイベント名は「我ら!白虎隊ウォーク」。
震災後途絶えていましたが、今年3年ぶりの復活となりました。
運命の1868年8月23日、白虎隊が最期を迎える飯盛山へ辿った道、洞門をくぐるイベントです。

飯盛山の駐車場で受付けを済ませると、スタート地点の滝沢本陣へ移動。イベント参加者は無料で入れました。
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滝沢本陣は、白河街道・滝沢峠の鶴ヶ城側の登り口にあります。
建物は1678年(延宝6年)のもので、国の重要文化財となっています。
会津藩主が白河街道を通る際や、領内巡視、保科正之公をまつる土津神社参詣の際の休息所として利用されました。
また戊辰戦争時には、容保公の出陣によって陣屋となり、白虎隊士が出陣の命を受けた場所でもあります。この日のスタート地点にふさわしい地です(笑)。  
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屋敷内には8月23日の激闘の跡、弾痕や刀傷がそこここに残っています。

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定刻になり、「出陣式」。
参加者はざっと70~80人といったところでしょうか。

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飯盛山で自刃し唯一生き残ったあの飯沼貞吉氏のお孫さん、飯沼一元さんも来てくださり、「あの日」の模様を叙情たっぷりに語ってくださいました。
戊辰の役の当事者の言葉を直接聞いてる方がまだ現代におられる、あの戦は「遠い昔」のことではないんだ、その事実だけでも感慨深いものがあり、一元さんのゆっくりと紡ぎだすように語られる一言一言に、スタート前から私は胸が熱くなりました(苦笑)。
「ならぬことはならぬ」。あまりに理不尽な新政府軍の振る舞いに命をもって「義」を示した。。。私もそう信じて疑わない一人です。

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「エイエイオー!」と出陣の雄叫びをあげた後、白虎隊士がくぐった弁天洞窟の入り口へ向かいます。

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洞門側への水路は、この日通るために堰で水を止めてあるので、まったく流れていません。(普段はかなりの水量流れています)

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いよいよ洞門内へ。
実は現在の洞窟水路はきれいにコンクリで固められた別ルートで、白虎隊市中二番隊士が通ったものと違っています。

しかし、2か所ほどかつての洞門が見れる場所があります。
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そのひとつがコレ。正真正銘、「運命の慶応4年8月23日、午前10時過ぎ」白虎隊士が通り抜けた洞門です。

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戸ノ口原より敗走し、ヘトヘトになりながらくぐった洞門。当時は胸以上の水位があったそうです。
10代の少年隊士たちは何を思いながらここを通っていったのでしょうか。

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現代の洞窟は約170m。あっという間に出口が見えてきました。

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そして「あの日」白虎隊士が通って行ったであろう道を飯盛山へ。
世界でも類を見ない珍しい建築様式の「さざえ堂」。
登りと下りがまったくすれ違わないようになっており、一周すると西国三十三観音を巡ったことになります。

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白虎隊十九士の墓の前ではすでに慰霊祭が始まっていました。

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長い玉串奉奠の後、会津高校生徒による「白虎隊剣舞」の奉納がはじまりました。

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明治17年、初めてこの剣舞が白虎隊士の墓前で奉納されたとき、あの容保公もご覧になられ、嗚咽をもらしながら剣舞が終わってもなおその場で泣き続けられたとか。。。。

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そして慰霊祭が終了したあと、私も白虎隊士の墓前へ。

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最後に自刃の地へ。

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白虎隊士たちはこのアングルで、街が燃えている景色をここから見たのです。

もう何度も訪れている場所ですが、この日ばかりはいつもと空気が違い、背筋をのばして折り目正しくお城を眺めている自分がいました。

先人たちが命を賭して守ろうとしたこの会津。
原発ごときに屈するわけには絶対にいかない。

あらためてそう思うのでした。
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