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2018-06

第6回会津発見塾 ふくしまの近代化産業遺産を訪ねて - 2013.11.20 Wed

先週14日にとうとう今年の最終回を迎えた会津発見塾。
また私が講師を担当することになったので、今回は「近代化産業遺産」に注目して企画してみました。

近代化産業遺産とは、幕末から昭和初期にかけて地域の産業近代化や技術発展に貢献した工場や炭鉱などの施設を経済産業省が認定したものです。
現在全国で66件の遺産群、1115件の個々の遺産が認定されています。
喜多方市では一の戸橋梁、山都駅油庫、旧国鉄日中線熱塩駅、三津谷の登り窯などが認定されています。

国宝や重要文化財と違いなまじメチャクチャ古いわけではないので逆に「ちょい古」の時代遅れのものとして破棄されやすく、それを保存するのは重要で、最近はそれを巡るツアー「ヘリテージツーリズム」など新たな地域観光資源としても注目を集めています。

今回は郡山・猪苗代方面の国道49号沿い
・安積疏水
・沼尻鉱山・沼尻軽便鉄道
・猪苗代発電所
の、3つのゆかりの地を訪ねることにしました。

まずは安積疏水。
滋賀・京都の琵琶湖疏水、栃木の那須疏水と並んで「日本三大疏水」と称される「安積疏水(あさかそすい)」は、米作りのために猪苗代湖の水を郡山を中心とする安積地方へ引くため、1879年から3年という短期間で開通した水路です。

県の役人だった中条政恒という人が、当時700軒ぐらいしか家がない小さな宿場町だった郡山を生糸の特産地にしようと、開拓して桑の木を植える事業を始めたのが安積疎水事業につながる第一歩となりました。

00052_01.jpg中条政恒

中条の呼び掛けに応え、地元の商人たちが結成したのが「開成社」で、この後の安積開拓の中心を成していく「福島県開拓掛」の事務所が置かれた「開成館」は今も残っていて資料館として公開しているので、まずはそこを見学しました。

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この開成館の建物は明治7年建築、当時地方には洋風の建築法が伝わっておらず、地元の大工が苦労の末建てた擬洋風建築の建物で、県の重要文化財に指定されています。
そして2009年に近代化産業遺産に認定。

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ちゃんとした記録が残っているわけではありませんが、筆跡鑑定の結果?この表札の字はあの木戸孝充の書という説があるそうです。

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この石は建設当初のオリジナルかな、と思ったり。

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これが完成から2年後、明治9年当時の写真。正面奥が開成館、写真右端の安積開拓官舎も現存しています。

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オリジナルに執着心のある私は、この手すりもそうかな、と思ったり。

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疏水建設当初、送水に使われた管も展示されていました。なんと木製。
太い木の中をくりぬいてつくったものです。すごい。

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安積疏水と猪苗代湖の位置関係がわかる航空写真。写真上、奥の湖が猪苗代湖、写真手前下が郡山。
猪苗代湖は日本で4番目に大きい湖。108㎢、貯水量38億6000万トン。
猪苗代湖と郡山の標高差264m。
水量豊富、落差で送水しやすい。これに着目した人、すごい!って話ですね(笑)。

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そして、明治9年(1876年)明治天皇の東北行幸の下調べのため郡山へやってきたあの大久保利通に、開成社の人々はこれまでやってきた開拓の実績をもって「もっと開拓を大きなものにするため、猪苗代湖の水を郡山へ引く水路をつくりたい」と相談。
大久保も、「全国の職を失った侍たちに仕事を与えられ、日本の農業も安定するに違いない」と、この計画にGOサインを出したのでした。

0005_l_2013112009454208b.jpg大久保利通

そして政府の役人である奈良原繁という人が中心となり、猪苗代湖の水量の変化を調べたり、安積平野の土地の高低などを測量したり、念入りに計画をたてました。
全体設計は南一郎平、詳細設計は山田寅吉などの日本人技術者達が担当しました。

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当時の高低差を記した図面。

また、奈良原らによる設計図がほぼ出来上がっても、それが正しいかどうか自信が持てないでいるなか、一人のオランダ人技師が郡山にやってきました。
名前はファン・ドールン。
明治政府に頼まれ利根川堤防、淀川改修、大阪港などの工事を手掛けた一流の技術者でした。
ファン・ドールンはたった6日の滞在の間、精力的に現場を調査し、奈良原らの設計図が正しいことを多くの意見で証明したそうです。
ドールンの銅像は戊辰の役の攻防で有名な十六橋の近くにあります。このドールンの銅像には興味深いエピソードがあるのですが、それはまたの機会に~。

  200px-Narahara_Shigeru.jpg    fandoln.jpg
         奈良原繁                         ファンドールン

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そしてここ開成館は明治天皇の2度の東北巡幸の際に、明治9年には「宿泊所」として、明治14年には「昼食会場」として使用されました。
実際にお泊りになった開成館3階には「明治天皇行幸記録」をもとに当時の行在所の玉座部分の様子が再現されています。

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開成館敷地内には、安積開拓入植者住宅が2棟移築されていますが、そのほか安積開拓官舎(旧立岩一郎邸)は上の明治9年当時の写真にあるように、開成館と同じく建設当時からそのままの位置に現存しています。

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「官舎」の名の通り、職員用の家で、明治12年には視察に訪れたあの伊藤博文も泊まった記録が残っています。

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釘隠しは当時のものかな? 形も変わっていて興味深くみました。

安積疏水の設計図の完成を待っていた明治政府が、明治12年10月に工事開始を認め、工事がはじまりました。
様々な苦労を乗り越え、明治15年8月、わずか3年間で幹線水路の延長52km、分水路78km、トンネル37か所、受益面積が約3千ヘクタールという安積疏水が完成しました。
工事に従事した人数は延べ85万人、総経費は40万7千円(現在の貨幣価値に換算すると約400億円)でした。

明治はじめにはほとんど原野で、700軒、2000人ほどの小さな宿場町でしかなかった郡山が、この安積疏水のおかげで今では38万8000人の福島県下一の大都市へ発展しています。
その陰には様々な人の苦労と頑張りがあったんですよね。

郡山というとみなさん開成山公園は知っていますが、実は今回の参加者のほとんどはそのとなりにあるこの開成館の存在を知りませんでした。
ここへ来れば安積疏水のことがとてもよくわかるので、ぜひおすすめしたいスポットです。

アクセス等、開成館の詳細は→こちらをクリック


そして、開成館をあとにし、一路猪苗代へ。途中、磐梯熱海で昼食タイム。
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歴史のあるとんかつやさん「うえの」。

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いつもなら300gある「特製とんかつ定食」を食べるのですが(ジャンボとんかつはなんと400g!)、この日は年配の方も多いので、事前に量もそこそこでリーズナブルな「とんかつ弁当」をチョイス。

20年ぶりにきたとおっしゃってる参加者もいました。

とんかつうえの
福島県郡山市熱海町熱海5丁目124
024-984-3303



そして猪苗代へ。
沼尻鉱山、軽便鉄道の勉強です。

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解説案内をお願いした「沼尻鉱山と軽便鉄道を語り継ぐ会」事務局長の安部なかさん。
実は以前、個人的に猪苗代の郷土史本を探していたときにお世話になった関係で、今回お願いしました。
地元出身で軽便とともに育ち、沼尻鉱山と軽便鉄道を後世に語り継ぐことに心血を注いでいる、とても郷土愛にあふれた方です。

実は沼尻軽便資料展示室は震災前までは会津下館駅があった場所に設けられた「村の停車場」2階にあったのですが、震災で建物がダメージを受けたため、今は緑の村・淡水魚館の中に移動して展示されています。

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沼尻鉱山は猪苗代町の安達太良山の西斜面標高1000m以上のところにありました。
付近は会津領と二本松領の境界があり、その一帯にある硫黄の採掘権、湯脈権をめぐって紛争が絶えなかったそうです。
また、硫黄は、近代日本の重要な輸出産品でした。
「黄色いダイヤ」とも呼ばれた硫黄は、医薬品やマッチ、セロファンなど貴重な原料として高値で取引されました。明治に入って民間資本が投入されてから活気づき、一時は2000人以上の鉱夫が働いていて、最盛期には年間17000トンもの採掘量があったそうです。
しかし戦後は石油の副産物として硫黄が安く生産できるようになって価格が急落し、昭和43年に閉山となりました。

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館内には鉱山の資料がいっぱいで、鉱山の当時の状況、厳しさ、悲しいエピソードなど貴重な話の数々を安部さんは涙ながらに我々に語ってくれました。

そして私が一番楽しみにしていたコーナーへ。
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当時の資料や写真、記憶などをもとに、沼尻軽便鉄道の全ての駅の雰囲気を忠実に再現したNゲージ模型。

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沼尻軽便鉄道は、沼尻鉱山で採れた硫黄を運ぶために、大正2(1913)年から磐越西線(当時は岩越鉄道)の川桁駅までの約16㎞の区間で運行されていました。
また、硫黄の運搬だけでなく、旅客営業も行っていて住民や温泉客を運んでいたので、「マッチ箱」「豆汽車」とも呼ばれ住民に親しまれていました。

しかし沼尻軽便鉄道も、沼尻鉱山と同じ昭和43年にその56年の歴史に幕が降ろされました。
私の生まれたときにはすでになかったんですね。。。

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ここのすごいところは、ガラスケースとかで覆われていなくて、ほんとにすぐ近くまで顔を近づけて観れるんです。
そして、子供の目線でもみれるよう、高さを低くしてあります。
触れるということは壊されちゃうんじゃないかという心配ありますが、逆に今までいたづらされたり壊されたことはないそうです。

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私は特に鉄道マニアではないですが、その昔、小学生にあがる前くらいの時、東京・秋葉原にある交通博物館で、閉館時間になってもNゲージ模型の前から離れず親を困らせたことがあるとか(苦笑)。
いやー、大好きですね、こういうの。
時間あれば1日でも見てられるかもしれません(笑)。

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いよいよあと4話を残す限りとなった大河ドラマ八重の桜。
毎月違うオープニングで楽しませてもらってきましたが、ずっと変わらず放映されている最後の部分、磐梯山を背景に子供たちが和傘を開いていくシーンが撮影されたのが、近くの町営磐梯山牧場。
そのロケ撮影を記念して寄贈されたドラマ出演者のメッセージを添えた記念パネルが展示されています。

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中央に「Smile」綾瀬さんの直筆サイン。

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緑の村、外には以前からずっと展示されている沼尻軽便鉄道の車両。
今回の参加者の中には、小さいころこの沼尻軽便鉄道、それもトロッコに乗った記憶がしっかり残っている方がいました。



そして、この日のラスト、猪苗代発電所へ。
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まず猪苗代第二発電所。

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第二発電所の建物は猪苗代の発電所群の中で最も古く、大正7年(1918)に完成した当時の姿のまま残っています。
鉄骨レンガ造りの建屋の設計はあの東京駅や日本銀行本店と同じ辰野金吾の監修によるものです。

本来ならこの第二発電所の内部も見学させていただくはずでしたが、震災後、耐震性の問題で内部見学は中止となっているので、今回は近くにある第一発電所の方を見学しました。

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こちらが猪苗代第一発電所。
「第一」とつくだけあって、第二発電所よりも4年ほど前、大正3年(1914)に完成した発電所。当時東洋一、世界でも3位の発電、送電設備を有していました(37,500 kW)。
第二と違い、この第一発電所の建物はその後改修され、新しいものとなっています。

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猪苗代発電所郡は東電の管轄。
東電の方々から現在の発電概要、世界のダムの話などのレクチャーがありました。
私ももちろん東電に対しては複雑で割り切れない感情をいまだ持っていますが、この日冒頭に担当者から丁重なお詫びのご挨拶があったこと、4名もの方にきていただき丁寧な施設案内をしていただいたこと、これだけは書き添えておきます。

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現在はこの猪苗代第一発電所は普段は無人で、若松の事務所ですべて遠隔管理しているとのこと。
ここでつくられた電気は那須の方で使われているそうです。

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内部の見学へ。

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作業の人が映っているので大きさがわかりますね。

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第一発電所建設当時のレンガが一部だけ残されていました。
このレンガは東京駅と同時期に同じ埼玉県深谷市で製造されたものだそうです。

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建設当時東洋一だった発電量はアメリカ製の送電線により225㎞離れた東京・田端変電所に送られ、王子電車などを動かしました。
これが日本で最初に成功した高電圧による長距離送電ということで、送電発祥の地の記念碑が敷地内にありました。

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ちょっと駆け足で回った1日でしたが、普段は入れない発電所、存在があまり知られていない開成館や沼尻軽便資料館などを見学できて有意義でした。

会津発見塾。。。来年は???まだ全然未定です(笑)。


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