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2018-06

東北復興の魂。慶長遣欧使節出帆400年 - 2013.12.03 Tue

書きたいけど書けずに時間が過ぎてしまってお蔵入りになった話はたくさんありまして。。。。
これもそのひとつとなっちゃいそうだったんですが、実は先月初めの連休、日本シリーズの激闘で連日盛り上がっていた仙台へ行ってきました。

今年は伊達政宗が直接貿易を求めてイスパニア(スペイン)国王およびローマ教皇のもとに使節団を派遣してから400年の節目の年。
もともと支倉常長には興味があっていろいろ調べていたのですが、最近遣欧使節そのものが政宗の震災復興の一環だったという説も浮上し、そういう意味も含めてこれは一度じっくり現地を訪れてみたいなと思っていました。

ちょうど、仙台市博物館で特別展の開催と、震災後ずっと閉鎖されていた石巻のサン・ファン館が再オープンするということでしたので、行ってみたのでした。

まずは、もうひとつのお目当て、伊達政宗が桃山様式の粋を集めつくらせた名刹、松島・瑞巌寺へ。
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実は平成20年から約10年の予定で瑞巌寺の本堂は平成の大修理に入っていて見ることはできません。
なのにわざわざなぜ?と思われるかもしれませんが、だからこそ今回は行きたかったのでした。
というのも、本堂修理中は、そのかわりという感じで普段は入ることができなかった国宝庫裡及び陽徳院(政宗公正室愛姫)御霊屋が特別公開されています。
さらに本来は本堂に安置している御本尊、藩祖政宗公・2代忠宗公の大位牌、三代開山木像が大書院に移され、特別に公開されています。
このチャンスを逃す手はありません(笑)。

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修理中の本堂を横目に、庫裡へ。
「庫裡(くり)」とは寺の僧侶の居住するところで、ここ瑞巌寺の庫裡は主に台所だったそうで、屋根には大きな煙り出しがあります。

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普通庫裡は本堂とかと違って実用本位の建物なはずですが、ここは唐草や花肘木の彫刻が施されており、政宗の「美」に対する「手抜き無し」の姿勢があらわれてるのかな、と。
ちなみに本堂と同じく国宝に指定されています。

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かつて玄関内にあったという大きな竃は今はありませんが、いぶされて黒くなった柱の古さ、煙り出しまでの天井の高さなど、往時を思わせる雰囲気は満点。

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政宗自らが朝鮮より持ち帰り瑞巌寺の上棟のお祝いに植えたとされる「臥龍梅」。樹齢400年で宮城県の天然記念物に指定されています。
咲いているときに一度来てみたいですね。

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改修中の本堂の飾り金具類が展示されていました。これはまた戻すのかな。
線彫りして金メッキされているそうで、桃山文化のデザインを間近に見れました。

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庫裡の奥に仮本堂(大書院)が設けられていて、そこでご本尊や政宗の位牌が公開されています。
観れるというだけでも貴重な機会ですが、なんとフラッシュたかなければ撮影も許可されています。

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ご本尊である聖観世音菩薩。
青銅製で、制作年代は不明だそうですが、高い宝髻(ほうきつ:頭の上の部分)は鎌倉時代、衣の表現は奈良時代の頃の姿を示しているとか。

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伊達政宗公の位牌。
写真だとわかりづらいかもしれませんが、とても大きいです。瑞巌寺建立の功績を称えられ、戒名に「瑞巌寺殿」と入っています。

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本堂の欄間に掲げられてた政宗の人生の師である虎哉宗乙の「松島方丈記」。
松島は古代からの霊場であること、瑞巌寺は熊野から運ばれた木材で造られたことなどが書かれています。

そして庫裡を出て、もうひとつの特別公開、陽徳院御霊屋へ。
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陽徳院とは政宗の正室、愛姫のことです。万治3年(1660)に孫の綱宗によって建てられた愛姫のお墓で、平成18年から3年をかけ創建当初の豪華絢爛な姿に復元。ピカピカです。

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特に黒漆の光沢がすごいです。
でも。。。当時の姿がわかるのもいいんですが。。。個人的には長い年月風雪に耐えてきたそのままの姿の方が好みだったりします。

瑞巌寺の国宝庫裡及び陽徳院御霊屋の特別公開は本堂の大改修の間、平成28年の3月頃まで続くそうですので、このチャンスにぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。


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続いて瑞巌寺のとなりにある円通院へ。

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庭園の紅葉が有名です。このときはちょっと早かったようですが。。。

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円通院の境内の奥まった場所に、政宗の孫、光宗の霊廟「三慧殿」があります。
光宗は正保2年(1645)9月に19歳の若さで江戸で亡くなり、 その死を悼んだ父忠宗により建てられました。

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文武両道に優れていたと言われる光宗だけあって、厨子の中にある光宗像は馬に乗っています。
あまりに才あふれる人だったため、名君の誕生を恐れた幕府に暗殺されたという説もあるくらいです。

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ガラス越しで近づけないため、詳細がわかる写真が撮れなかったのですが、この厨子がまた不思議なデザインで、まさにトランプのハート、クローバー、スペード、ダイヤの模様が描かれていて、この写真右の扉の上にはなんとバラの絵が。
これは支倉常長が西欧から持ち帰った日本最古のバラを描いたと言われています。
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そして支倉常長が出てきたところで、今回のメインの目的、慶長遣欧使節関連へ。
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あの「3.11」から2年7か月ぶりにこの日再開館された宮城県石巻市の慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)。
サン・ファン・バウティスタパークを会場に、サン・ファン館の再オープンと慶長遣欧使節出帆400年を記念してフェスティバルが行われていました。

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サンファンパークの下、港内には復原使節船サン・ファン・バウティスタ号の雄姿が。この写真の左の回廊の屋根に注目して、下↓の写真をご覧ください。

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これが3.11、津波が押し寄せた瞬間の写真。
屋根の高さまで津波が押し寄せているのがわかります。
ドック棟は津波の直撃を受けて、厚いガラスはほぼ全壊、展示していたものはみんな流されてしまったそうです。
また、サン・ファン館は、震災後5か月間に渡り、佐須浜の人々の避難所として使われていたとのことです。

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船の方は津波による直接的な被害は小さいようにみえたものの、震災から1ヶ月半後の4月27日の暴風雨でメインマストと前方のマストが折れ、大破し、2年半以上もの修復期間を経てこの日復活したのでした。

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慶長19年(1614年)、徳川幕府の許可を得て伊達政宗が、仙台藩士・支倉常長を代表として、欧州に貿易交渉のため使節団を派遣しました。
その際に建造された巨大帆船がこのサン・ファン・バウティスタ号です。

もちろん復元したものですが、当時の正確な設計図は残っておらず、伊達家に残る寸法図と500トンという記録からプロポーションを割り出し、この復元船をつくったとのことです。

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船はほとんど揺れもないくらいがっちりと係留されていて、甲板にも内部にも入ることができます。

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船尾にある船長・宣教師ソテロの部屋。一番左に座ってるのが司令官ビスカイノ、そのとなりが航海士、右から二番目が支倉常長、右がソテロ。
重要な話し合いはこの部屋でこんな感じで行われていたのでしょうか。

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こうやって太い柱を右に左に倒して船のかじ取りをしていたんですね。
ん?この人カメラ目線(笑)。

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大砲も装備していたんですね。
船の揺れで動かないように縄でしっかり固定していたとか。

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日本人乗組員の食事風景が再現されています。
干し飯、干し魚、漬物等保存食中心。
よく、コロンブスやダーウィンの航海記などには野菜不足による壊血病の記述がありますが、この使節団の記録にはありません。それはどうやら味噌のおかげじゃないかと言われています。
うんうん、私も先週と再来週、二度にわたって「やまとのみそ」のイベントを開催しますが、味噌は本当に優れた日本の栄養補給食なんですね(笑)。
あと、あれ?ネコの存在がみてとれますね。ペット?いやいやもしかして食用?
実は大切な食糧を食べてしまうネズミの駆除のため一緒に船に乗せたそうです。

欧州へ派遣された日本初の使節。
日本初の太平洋を二往復。
初めてずくめのこの偉業には、ただただ敬服するのみです。

この慶長遣欧使節を実現させた伊達政宗の意図は、スペインとの軍事同盟、そして倒幕だという説がずっとありますが、だとすれば家康が許可するはずないんじゃないか、と私はずっと思っていました(まあ政宗一流の大芝居で説得力ある嘘をついていたのかもしれないけど)。

そんな中、東日本大震災を経験して、今年新しい説が生まれたのを聞きました。
この遣欧使節が海を渡る2年前の1611年には、会津でも大きな被害を受けた「慶長の大地震」がありました。
当時、仙台藩にも多大な被害をもたらした慶長の大地震。伊達政宗はこの使節の交渉がうまくいって、欧州との通商ができるようになれば仙台藩の復興につながると考えたのではないか、という説です。
実際のところは今となってはわからないですが、今の私には一番しっくりくる話だし、心からそう思いたいです。

そんな背景に思いを馳せ、目の前の復活したサン・ファン・バウティスタ号を眺めていると、被災地の復興のシンボルともいえるその姿に、私はとても勇気づけられました。

自分は政宗や常長のようにはなれないけど、その「精神」の灯を胸にともすことはできる、と。

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その翌日、仙台市博物館で開催されていた「伊達政宗の夢 慶長遣欧使節と南蛮文化」展へ。
当然撮影禁止だったので展示品の写真はありませんが、歴史資料として日本で初めて国宝に指定されている「慶長遣欧使節関係資料」(今年6月ユネスコの世界記憶遺産にも登録)の貴重な品々をたっぷり堪能できました。

残念ながら特別展はすでに終了していますが(期間中に紹介できなくてすみません(苦笑))、展示品の一部はこちらのサイトでみれます。→こちらをクリック

また、この日、楽天が日本一を決め、仙台は大騒ぎ。
仙台の人たちと喜びを分かち合うこともできて、記憶に残る旅となりました。


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